コラム

バッハ先輩とのつきあいかた

ふと周囲を見回すと、たくさんの先輩に囲まれて暮らしていることに気付く。もちろんその中には、尊敬できる先輩、近寄りがたい先輩、そりの合わない先輩などがいるだろう。そんな先輩たちとどのように付き合って行くべきか。音楽家たちはこんなふうに先輩と…

17・18世紀のドイツ語圏音楽史(第4回 / 全4回)

【ウィーン — フローベルガー】 ウィーンは1619年、フェルディナント2世の就位と同時に帝都となった。代替わりに伴って宮廷音楽家の顔ぶれも大きく変化した。フランドル人=ルネサンス音楽の担い手が多かった楽団は、イタリア人=バロック音楽の旗手を多く雇…

17・18世紀のドイツ語圏音楽史(第3回 / 全4回)

【北ドイツ — ラインケン, ブクステフーデ, カイザー】 北ドイツのハンブルクやリューベックは、貿易で栄えた帝国自由都市。強い経済力を背景に、街の中心に大きな教会を建設し、そこに豪華なオルガンを設置した。こうした楽器を操り、北ドイツ・オルガン楽…

17・18世紀のドイツ語圏音楽史(第2回 / 全4回)

【ドレスデン — シュッツ】 ザクセンの宮廷所在地ドレスデンは17世紀、国力にふさわしい音楽部門をそなえていた。その中心にいた音楽家がハインリヒ・シュッツ(1585-1672)だ。中部ドイツに生まれ、貴族に才能を見出され、1609年にヴェネツィアに留学、帰国…

17・18世紀のドイツ語圏音楽史(第1回 / 全4回)

【序】 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)の「本棚」を探る研究がある。キルステン・バイスヴェンガー博士の『J・S・バッハの所蔵楽譜文庫』(1992年)だ。論文には「バッハが所有していた他者の作品の目録」が収められている。それを眺めてみ…

555の「自由」— ドメニコ・スカルラッティの鍵盤ソナタ

ソナタという語は、カンタータやトッカータといった言葉と並べて検討しなければならない。いずれも動詞から派生した名詞で、カンタータは「歌う(カンターレ)」、トッカータは「鍵盤に触れる(トッカーレ)」、ソナタは「楽器を奏でる(ソナーレ)」に由来…

《ロ短調ミサ曲》私録 XVII【新訂版】

当方がこれまで実演に接したバッハ《ロ短調ミサ》BWV232の番付を発表するコーナーの第17回。今回はトン・コープマン指揮、アムステルダム・バロック合唱団&管弦楽団の来日公演に足を運んだ(2018年9月8日 於すみだトリフォニーホール)。 コープマンの解釈…

"名探偵" モーツァルトのミゼレーレ伝説

モーツァルトは1770年4月11日、ローマにいた。前年の12月、父親とともにイタリアへの楽旅に出発。ヴェローナ、ミラノ、フィレンツェを経て春先、“永遠の都”にたどりついた。この地のシスティーナ礼拝堂でモーツァルトは、アレグリの合唱曲「ミゼレーレ」を聴…

“神童” メンデルスゾーン

何かに取り組み、上達を目指そうとするとき、我々はしばしば2つの警句を思い浮かべる。「習うより慣れろ」と「好きこそ物の上手なれ」。この言葉は作曲家の幼少時代にも当てはまる。 19世紀前半、モーツァルトに肩を並べる神童が出現した。フェリックス・メ…

《ロ短調ミサ曲》私録 XVI【新訂版】

当方がこれまで実演に接したバッハ《ロ短調ミサ》BWV232の番付を発表するコーナーの第16回。今回はライプツィヒ・バッハ音楽祭2018の千秋楽、ゴットホルト・シュヴァルツ指揮、トーマス合唱団&ベルリン古楽アカデミーの演奏会に足を運んだ(2018年6月17日, …

作曲コンクールの意義

日本音楽コンクール作曲部門の審査が簡素化される。それに対して日本現代音楽協会会長の近藤譲がコンクール当局に公開書簡を送った。近藤が強調する"作曲コンクールの意義"について首肯する。かつて当方も同じようなことを強調したことがあると思い至った。…

音楽家の連帯 ― ブラームスの場合

音楽家たちは古来、さかんに相互交流を重ねてきた。特殊技能を持つ者同士の緩やかなギルド、職位を独占するための同族組合、互いを触発する音楽家同士の連帯。たとえば、テレマンとバッハには家族ぐるみの付き合いがあった。バッハは中部ドイツを根城とする…

20世紀の「運命交響曲」演奏史

交響曲の代名詞、ベートーヴェンの第5番「運命」。初演当時、多くの聴衆がこの作品をすぐには理解できなかった。理由はいくつかある。聴き手はたった4音の動機と、それがしつこく使い続けられることに驚いた。50小節に及ぶティンパニの同音連打の後におとず…

バッハの"縮"小品

バッハの作品の中には、管弦楽作品を鍵盤楽器1台で演奏できるようにしたものがある。他作曲家のソロ協奏曲をチェンバロ1台で弾けるようにしたり、自作のカンタータの楽章をオルガン1台に移し替えたり。小品は小品でも“縮"小品と言うべきこうした編曲作品は、…

ヘンデルの合奏曲

中部ドイツの街ハレで生まれ、ロンドンで活躍し、のちにイギリスに帰化したヘンデルをめぐって、ドイツとイギリスの間ではいまだに国籍論争が続いている。生まれたのはドイツなのだからヘンデルはドイツ人だ、という声にも一理あるし、おもな活躍の場所がロ…

ブラームスの管弦楽小品

画家の個展に行く。代表作が正面の壁に掛かっている。周囲のスペースには、その絵画につながる習作群も展示される。作家によってはその習作が、完成度の高い一作品となっている場合もある。技法の試験場としての役割と、個別作品としての品質とが両立してい…

17・18世紀音楽の演奏小史(第3回 / 全3回)

(承前)さいごのひとつは、知られざる古い奏法が、形骸化した演奏に風穴を開けること。楽曲が発掘され、当時の楽器が復元されると、それに見合った演奏法と、その演奏法を支える読譜法とが追求された。古楽器の使用と軌を一にしてこれらの研究が進み、やが…

17・18世紀音楽の演奏小史(第2回 / 全3回)

(承前)ひとつは、知られざる古い楽曲が、固定化されたレパートリーに新風を吹き込むこと。イタリアのイ・ムジチ合奏団は1955年、ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」をモノラル録音で発表した。その4年後には同曲をステレオで音盤化。このレコードの大ヒット…

17・18世紀音楽の演奏小史(第1回 / 全3回)

古い音楽に関心を寄せる人々はどの時代にもいる。1643年、ある演奏会がニュルンベルクで行われた。ユダヤ教の典礼音楽から17世紀当時のモテットまでをプログラムに挙げたこの会の目的は、当時の演奏習慣の誤りを改めることだった。 ペープッシュは1726年、古…

バッハあれこれ

《ゴルトベルク》のお値段は?バッハは1741年に《ゴルトベルク変奏曲》を『クラヴィーア練習曲集』第四部として出版した。曲集の値段は3タレルほどだったと考えられる。この3タレル、現在の価値に直すと約12万円。では当時の演奏会のチケット代は? 公開演奏…

サンスーシ宮殿 ― 音楽のタイムカプセル

「ポツダムからの知らせによると、去る日曜日、ライプツィヒの有名な楽長バッハ氏が、ポツダム王宮のすぐれた音楽を聴くために、同地に到着した。」(『ベルリン報知』1747年5月11日付) ヨハン・ゼバスティアン・バッハは1747年5月7日、長男ヴィルヘルム・…

"救世主"を歌う ― 降誕祭に寄せて

茶の湯とキリスト教との間には、さまざまな共通点がある。茶の湯でもっとも重要視される濃茶席で連客は、濃厚に練られた抹茶をひとつの茶碗で回し飲む。この所作は、ミサの聖体拝領で、司祭らがひとつの杯からワインを回し飲むのによく似ている。茶の湯の普…

《ゴルトベルク変奏曲》演奏史の三段活用

バッハの《ゴルトベルク変奏曲》は1741年、『クラヴィーア練習曲集』の4番目として出版された。実際のタイトルは「2段鍵盤のチェンバロのためのアリアとさまざまな変奏曲からなるクラヴィーア練習曲集」。表題の通りこの曲は、手鍵盤を2段そなえたチェンバロ…

《ロ短調ミサ曲》私録 XV【新訂版】

当方がこれまで実演に接したバッハ《ロ短調ミサ》BWV232の番付を発表するコーナーの第15回。今回はライプツィヒ・バッハ音楽祭2017の千秋楽、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮のドレスデン室内合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会に足を運んだ(2017…

3つの《田園》― ベートーヴェン, グラズノフ, ヴォーン・ウィリアムズ

パストラーレは田園生活の情景やその雰囲気を表現するいちジャンル。文学はもちろん演劇や音楽にも、このジャンルに属する作品がたくさんある。音楽で言えば、田園詩による声楽曲、キリスト降誕劇、降誕劇に端を発する器楽パストラーレなどが範疇に入る。 17…

《怒りの日》の"古典物理学"

店内に流れる《蛍の光》で閉店時間に気づくという経験を持つ読者も多かろう。音楽が記号として働く典型的な例。同じように《怒りの日 Dies irae》の旋律も、キリスト教文化圏に生きる人々にとってはひとつの、しかしとても重要な記号と言える。 修道士トマス…

バッハ《ヨハネ受難曲》― ピラトをめぐる3つの層

《ヨハネ受難曲》をより深く理解するためには、「ピラトをめぐる3つの層」の問題に迫らなければならない。 《ヨハネ受難曲》はその名の通り『新約聖書』の「ヨハネによる福音書」に題材を取っている。この受難曲の中心となるメッセージを伝えるためにバッハ…

アートを守る"防災訓練"

3月は9月(1923年の関東大震災)とともに、自然災害とそれのもたらす二次災害とを想定して、さかんに訓練をしたり、さまざまな提言を発表したりする月になった。災害に強いインフラストラクチャー、緊急時を想定したたゆみない訓練、遺漏のない危機管理を実…

21世紀の "バッハ新発見" 中間まとめ

バッハは生涯にいくつ曲を書いたか。この質問ににわかに答えることはできない。現在、残されている曲はあくまでも「残されている」ものであって、これまでに失われてしまった作品も多い。一方、残されてはいるがまだ発見されていない楽曲もあるかもしれない。…

生誕450年 モンテヴェルディ 音楽の歩み

同時代のふたり ― 光悦とモンテヴェルディ 本阿弥光悦は16世紀から17世紀にかけて活躍した書家。1615年に徳川家康から京都鷹ヶ峰の土地を下賜され、そこに芸術家村を作り隠棲した。光悦は、長次郎が千利休の指導によって始めた楽焼を、楽家二代目の常慶から…