書評

フェンビー『ソング・オブ・サマー 真実のディーリアス』

エリック・フェンビー『ソング・オブ・サマー 真実のディーリアス』向井大策監修, 小町碧訳, アルテスパブリッシング, 2017年 この書物は作曲家の評伝だが、その体裁はいくつかの点で類書と大きく異なる。 英国の作曲家フレデリック・ディーリアスは1922年、…

青柳いづみ子『高橋悠治という怪物』

青柳いづみ子『高橋悠治という怪物』河出書房新社, 2018年 作曲家でピアニストでもある高橋悠治の音楽家像を、ピアニストで文筆家の青柳いづみ子が描き出す。高橋悠治は1938年生まれ。60年代から作曲と演奏とに携わる。ときに社会状況を乱反射させながらその…

重木昭信『音楽劇の歴史』

重木昭信『音楽劇の歴史 – オペラ・オペレッタ・ミュージカル』平凡社, 2019年 大工の仕事と家具職人の仕事とでは、その様子がずいぶん違う。結果として産み出されるものが違うのはもちろんだが、面白いのはその過程のありようだ。たとえば金槌の音。大工の…

ヴァイケルト『指揮者の使命』

ラルフ・ヴァイケルト『指揮者の使命 — 音楽はいかに解釈されるのか』井形ちづる訳, 水曜社, 2019年 どんな考え方にも階調というものがある。その位置するところにしたがって、ある人はリベラル派、ある人は原理主義者とされる。原理主義者は極端な主張をす…

水谷彰良『サリエーリ』(新版)

水谷彰良『サリエーリ 生涯と作品 モーツァルトに消された宮廷楽長』(新版), 復刊ドットコム, 2019年1月 吉良上野介はわれわれが思うほど悪辣ではなかったという。芝居の敵役として描かれる姿は大げさなようだ。吉良上野介本人と『仮名手本忠臣蔵』の高師…

伊東信宏『東欧音楽綺譚』

◇伊東信宏『東欧音楽綺譚』音楽之友社, 2018年 自由な連想を綴るエッセイ集。ただし、この“自由”には少し注意が必要だ。連想の筋道は網の目のように拡がる。この網の目をきちっと辿らなければイメージはつながらない。網には隙間もある。想像力を発揮すべき…

小林聡幸『音楽と病のポリフォニー』

◇小林聡幸『音楽と病のポリフォニー — 大作曲家の健康生成論』アルテスパブリッシング, 2018年 従来のものとはひと味違う作曲家論。著者は精神医学を専攻する大学教員で、クリエーターの病理とその創造性との関係を問う病跡学に、一方ならぬ知見を有する。 …

角英憲 訳 『レオポルト・アウアー自伝』

◇レオポルト・アウアー『レオポルト・アウアー自伝 — サンクト・ペテルブルクの思い出』角英憲訳, 出版館ブック・クラブ, 2018年 自伝を読むには少しコツがいる。まず、自伝を客観的な伝記だと思わないこと。喜怒哀楽のすべてが、いくらかずつ過剰だと想定す…

かげはら史帆『ベートーヴェン捏造』

◇かげはら史帆『ベートーヴェン捏造 — 名プロデューサーは嘘をつく』柏書房, 2018年 想像力は敏感さと鈍感さの両翼を持つ。正確に言うと、鈍感さに対して敏感でなければならない。たとえば演奏の現場。奏者は音楽に通じていて敏感だから、響きの微細な変化の…

加藤浩子『バッハ』

◇加藤浩子『バッハ —「音楽の父」の素顔と生涯』平凡社新書, 2018年 転職するたびに着実にキャリアアップを果たす。ドイツの大作曲家ヨハン・セバスティアン・バッハは、そんな現代的な就労スタイルを300年も前に実践していた。注意すべきはその転職が、つね…

青木やよひ『ベートーヴェンの生涯』

◇青木やよひ『ベートーヴェンの生涯』平凡社ライブラリー, 2018年 『ベートーヴェンの生涯』は青木やよひの名著である。著者の最後の1冊として2009年に世に出た。このたびはその再刊。タイトルの通り、ドイツの大作曲家の生涯を追ったものだ。 この書物は奇…

村山則子『ラモー 芸術家にして哲学者』

◇村山則子『ラモー 芸術家にして哲学者 — ルソー・ダランベールとの「ブフォン論争」まで』作品社, 2018年 17から18世紀にかけて欧州では、アートをめぐるさまざまな論争が巻き起こった。近代文学と古代文学との優劣を競った新旧論争、空間芸術と時間芸術と…

上田泰史『パリのサロンと音楽家たち』

◇上田泰史『パリのサロンと音楽家たち』カワイ出版, 2018年 昨年、茶の湯の大規模な展覧会があった。墨跡や絵画、金工や漆工、陶磁器など、すぐれた工芸品の数々が展示室に並ぶ。ガラスケースの向こうにある展示物はかつて、茶のもてなしに使われた。あの一…

クイケン『楽譜から音楽へ ― バロック音楽の演奏法』

◇バルトルド・クイケン『楽譜から音楽へ ― バロック音楽の演奏法』道和書院, 2018年 雅楽や聲明の公演を制作する木戸敏郎は、伝統と伝承の違いを次のように説明している。伝統とはものごとのうちに潜む思想を伝えること、伝承とはものごとの形そのものを守る…

ブーレーズ他『魅了されたニューロン』(笠羽映子訳)

ピエール・ブーレーズ 他『魅了されたニューロン』笠羽映子訳, 法政大学出版局, 2017年 パリのサン・ジェルマン・デ・プレに軒を連ねるカフェ。文学者や哲学者らがそこで議論を戦わせてきた。この書物はそんな人士のおしゃべりを思わせる対話篇だ。仮想カフ…

A・ビルスマ他『バッハ・古楽・チェロ ― アンナー・ビルスマは語る』

アンナー・ビルスマ, 渡邊順生『バッハ・古楽・チェロ ― アンナー・ビルスマは語る』(加藤拓未 編・訳)アルテスパブリッシング, 2016年〔本体3800円+税〕 ピリオド・アプローチを採用する代表的なチェロ奏者のひとり、アンナー・ビルスマと、日本の古…

小野光子『武満徹 ある作曲家の肖像』

小野光子『武満徹 ある作曲家の肖像』音楽之友社, 2016年 ヨハン・ニコラウス・フォルケルは1802年、世界最初のバッハ評伝となる「バッハの生涯、芸術と作品について」を刊行した。作曲家の死後約半世紀、彼を識らない世代が、彼とゆかりのあった人物からの…

久保田慶一『バッハの四兄弟』

久保田慶一『バッハの四兄弟 -- フリーデマン、エマヌエル、フリードリヒ、クリスティアン 歴史と現代に響く音楽』(音楽之友社, 2015年)▼本体2200円+税 手元に今、同じ著者、同じテーマ、同じ判型、同じ出版社の書物が2冊ある。ひとつはもちろん、書評の…

『リリー、モーツァルトを弾いて下さい』

多胡吉郎『リリー、モーツァルトを弾いて下さい』河出書房新社, 2006年 モーツァルト生誕250周年の2007年、この大作曲家の誕生を祝う催しが毎夜持たれたと言っても過言ではない。半世紀前の200周年とて事情は同じだろう。世界中の音楽家が、昼に夜にモーツァ…

『N響80年全記録』

佐野之彦『N響80年全記録』文藝春秋, 2007年 毎朝ラジオを聴いていた我が家では、午前7時40分頃になると流れるモーツァルトの<ホルン協奏曲 第4番>が、登校時間の目安となっていた。これを皮切りに次々と西洋古典音楽に触れ、音楽評論家(などというもの…

『上海オーケストラ物語』

榎本泰子『上海オーケストラ物語』春秋社, 2006年 中国・上海を流れる黄浦江の東岸は、電波塔や高層ビル群に彩られた未来的な風景よって、同国の新たな時代を象徴している。一方、西岸には、旧来の上海のイメージを色濃く残す西洋風の街並みが広がっている。…