久保田慶一『バッハの四兄弟』



久保田慶一『バッハの四兄弟 -- フリーデマン、エマヌエル、フリードリヒ、クリスティアン 歴史と現代に響く音楽』(音楽之友社, 2015年)▼本体2200円+税

 手元に今、同じ著者、同じテーマ、同じ判型、同じ出版社の書物が2冊ある。ひとつはもちろん、書評の対象である『バッハの四兄弟』。もうひとつは1987年に発行された『バッハの息子たち』だ。この2冊の異同に、音楽研究の模範的な姿が示されていて興味深い。タイトルの示す「四兄弟」とは、 フリーデマン、エマヌエル、フリードリヒ、クリスティアン大バッハの20人の子供のうち、成人したのは10人で、そのうち上記の4人が音楽家として身を立てた。
 バッハ親子の研究はこの30年でずいぶんと進んだ。インパクトがあったのは、1999年の再発見だろう。ベルリン・ジングアカデミーのバッハ・コレクションが、キエフの博物館で発見された。本書はこの件に代表される研究成果を存分に盛り込み、伝記的事実と様式的特徴とをバランスよく紹介する。さらに、こうしたパズルのピースのような研究成果を組み立て、大きな視点を獲得していることも、目に新鮮に映る。つまり「大バッハの息子たち」から「バッハたち、彼らの父親ヨハン・ゼバスティアン」という見方へと、立場を変えている点だ。
 音楽研究のミクロな積み重ねと、それを組み立てた上で見えてくるマクロな視点とが、相補うかたちで本書を下支えしている。その水準を保ちつつ、一般書の語り口に徹するところが好もしい。「バッハ」と聞いて、どのバッハかを確認する時代がやってきた。

初出:音楽現代 2015年6月号


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