重木昭信『音楽劇の歴史』

重木昭信『音楽劇の歴史 – オペラ・オペレッタ・ミュージカル』平凡社, 2019年

 大工の仕事と家具職人の仕事とでは、その様子がずいぶん違う。結果として産み出されるものが違うのはもちろんだが、面白いのはその過程のありようだ。たとえば金槌の音。大工の釘を打つ音はおおらかで大胆に轟く一方、家具職人のそれは繊細で几帳面に響く。かんなも違う。大工は紙のようなかんな屑をすうっと引き出すが、家具職人のかんな屑はもっと細かい。これは使う木材の硬さがまるで違うから。建材としての木は柔らかく粘り気があり、家具で使うものはより固く締まっている。つまるところ両者は、許される誤差の点で大きく異なっていて、そのせいで仕事の様子が違ってくる。
 『音楽劇の歴史』と銘打たれたこの書物は、いわば大工の仕事である。17世紀からさまざまに変化・分化しつつ、現在まで生き残る歌芝居の歴史を400年分、通観する。音楽劇のジャンルを問わず串刺しにして通史を成すのが、この本の大きな特徴。副題の通りオペラ、オペレッタ、ミュージカルを同じ線上に並べる。そこに台本や台詞、舞踊の問題や、社会の情勢をツタのように絡ませることで、劇史の幹の輪郭を強調する。
 オペラに2章、オペレッタに1章、アメリカの芸能に1章を割いたのち、ミュージカルの歴史を4章分、綴る。巻末には文中に取り上げた作品の一覧。作品名には初演年、初演地が添えてあり、ミュージカルには再演回数も付されている。
 この書の主眼は400年の時を一望し、そこに大きな流れを見ること。各項目を家具に見立てるならば、その仕上げはいささか荒っぽい。しかし、家を建てるのに必要な精度は保っている。技術革新(照明、マイク等)とスタイルの変化との関係など、大きな議論が面白い。階層間の金の移動に音楽劇が付いて行き、付いて行った先の階層の趣味に応じて変化する。この点にジャンルの別はない。そのことを再確認できるのが、読後の大きな収穫だ。歌は世につれ世は歌につれ。音楽劇もまた然りである。


初出:モーストリークラシック 2019年6月号



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