村山則子『ラモー 芸術家にして哲学者』

◇村山則子『ラモー 芸術家にして哲学者 — ルソー・ダランベールとの「ブフォン論争」まで』作品社, 2018年

 17から18世紀にかけて欧州では、アートをめぐるさまざまな論争が巻き起こった。近代文学と古代文学との優劣を競った新旧論争、空間芸術と時間芸術とを区別することにつながったラオコーン論争などだ。なかでも18世紀半ば、フランス音楽派とイタリア音楽派とに分かれて争われたブフォン論争は、その代表と言える。この批判合戦の主役となったのが、ジャン=フィリップ・ラモー、その人だ。
 ラモーはフランスの作曲家。音楽理論家としても一家を成した。この書物はラモーのオペラ作曲家としての側面と、音楽理論家・論争家としての側面とをそれぞれ掘り下げることで、多くの論戦に巻き込まれた彼の立場を立体的に描き出す。全体は2部構成。前半6章でラモーのオペラ創作について触れ、後半5章で彼の音楽理論といくつかの論争とに注目する。
 この書物には軽微な短所と、それを補って余りある大きな長所とがある。短所は同規模の本に比べて、誤字・脱字・言葉の誤用・年紀の誤りをずいぶん多く含むこと。これは刷を重ねるごとに改善されるだろう。長所は、旧来のフランス音楽支持派からの批判や、イタリア音楽派とのブフォン論争など、各対立の内容をつぶさに追うことで、ラモーの創作と理論の独自性を浮き彫りにした点だ。
 先輩音楽家リュリの衣鉢を継いだと自任するラモーではあったが、リュリの音楽を信奉する一派から作品を批判される。これは裏を返せば、ラモーのオペラ改革が着実に進んでいた証拠だ。いっぽう彼は、より急進的に改革を進めようとする共作者ヴォルテールには待ったをかける。ここにフランス音楽の保守本流を任ずるラモーの姿勢が色濃く映る。第2部では啓蒙主義者のダランベールやルソーとの論争を通して、革新性と保守性とがラモーの中でどのように融合しているかということに、徐々に輪郭が与えられる。
 ラモーの創作と理論とが持つ文化的影響力に、ここまで詳細に迫る書物は、本邦に前例がない。


初出:モーストリー・クラシック 2018年9月号


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