日本の古楽オーケストラ

 いったん途絶えた伝統を探り、それを今の音楽シーンにつなげる。古楽演奏の持つこうした側面は、邦人音楽家にとってうってつけの課題だった。演奏習慣の研究にしろ奏法の実践にしろ、勤勉さがものを言う。この半世紀の間、日本の土壌で培われた「古楽の芽」は今や、太い幹を持つ木々として世界に大きく枝を広げている。
 その点からすると、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の「枝ぶり」には目を見張るものがある。1990年にオルガン・チェンバロ奏者の鈴木雅明が結成。95年からはバッハのカンタータを創作時代順に演奏し、2013年に全曲の上演と録音を成し遂げた。その間、海外公演も積極的に行い、BBCプロムスを始めとする主要な音楽祭に客演。海外で彼らの演奏に接した愛好家からは「合唱のドイツ語が私たちドイツ人より正確」、「演奏の緻密さの上にさらにキリスト教文化の層がある」といった声も聞かれる。
 鈴木の後輩世代もまた、特色ある活動を実践している。1996年、ヴァイオリン奏者の寺神戸亮を指揮者に迎えて結成されたのが、レ・ボレアード。北とぴあ国際音楽祭での成功を機に立ち上げられた。以来、モンテヴェルディやラモー、ハイドンモーツァルトらの歌劇を中心に同音楽祭で公演を重ね、18世紀オペラの日本における中心的な担い手となっている。
 一方、同時期の器楽曲にスポットライトを当てるのが、オーケストラ・リベラ・クラシカだ。チェロ奏者の鈴木秀美が指揮者・音楽監督を務め、2002年から古典派音楽の紹介を続ける。2009年にベトナムハノイ、2011年にポーランドワルシャワポズナニで海外公演を行った。石橋メモリアルホールでの定期演奏会は、「クラシックの名曲」に慣れてしまった聴衆の耳を、更新し続けている。
  BCJ以前に創設された楽団も顕著な活躍を見せる。フルート奏者の有田正広は1989年、東京バッハ・モーツァルト・オーケストラを作り指揮活動を開始。2009年には同団をクラシカル・プレイヤーズ東京に改組し、レパートリーをロマン派まで延ばした。2014年6月、ヴァイオリン奏者の豊嶋泰嗣がコンサートマスターとして参加。また、フォルテピアノ奏者の仲道郁代らとも共演を重ねる。楽団のハイブリッド化が進んで、ますます勢いが増している。
 日本テレマン協会は独自の路線を貫きつつ、2013年に50周年を迎えた老舗中の老舗。関西でのサロンコンサートを出発点に、現在も上方を拠点として地域密着型の演奏活動に勤しむ。とはいえ視線はつねに外向きだ。1985年には旧東ドイツで演奏旅行を敢行。2003年にはライプツィヒ・バッハ音楽祭に招聘された。古楽器ベートーヴェンの全交響曲を演奏した功績により、楽団創設者で指揮者の延原武春が、ドイツ連邦共和国から勲章を授かっている。「グローカル」を地で行く活躍に、半世紀分の知恵が生きる。


初出:モーストリー・クラシック 2015年2月号




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