ハレ・ヘンデル音楽祭2019(5)

 歌い手にスポットライトを当てて音楽を楽しむ。たくさんの目と耳が一点に集中する。聴き手の期待感は大きい。舞台に立つ主役の緊張感も大きかろう。そんなステージで成果を上げた3人の歌い手を紹介。

 カリナ・ゴーヴァンはカナダ出身のソプラノ。バロック・オペラへの出演経験が豊富だが、古楽系とは一線を画す極太の美声。まるでワーグナー歌いのようだ。このゴーヴァンが6月10日、ハレ大学の講堂でリサイタル。管弦楽はジュリアン・ショーヴァン率いるラ・コンセール・ドゥ・ラ・ロージュが担当した。
 「狂乱」と題された通り、演奏会のプログラムは起伏の激しいジェットコースターのような設え。ヘンデルを始め、カイザー、グラウプナー、テレマンスカルラッティ(父)、ヴィヴァルディ、そしてラモーの名前が並ぶ。詩の言語も独伊仏英と色とりどりだ。
 ゴーヴァンは息の太さ細さを自在に操り、そこに息の速度を掛け合わせて基本表現とする。つまり「息深め x 息速め」「息深め x 息遅め」「息浅め x 息速め」「息浅め x 息遅め」の4通りを柱に、歌の詩世界を浮き彫りにするわけだ。息が浅くても声がスカスカにならないのは、もとが極太系だから。天賦の才を活かしている。
 大いに拍手を誘ったのは、深く速い息で歌う劇的で急速なアリアだが、浅く遅い息で歌うゆったりとした作品のほうが、表現に奥行きを感じさせる。とりわけ母国語のひとつ、英語で歌ったヘンデルの《太陽は忘れるかしら? Will the sun forget to streak》がすばらしい。余分な脂肪を取り去った声を、落ち着いた息づかいで送り出す。ヤハウェの威光を見聞きし、太陽神への信仰に揺らぎが生じるさまを、黄昏時の風情と重ね合わせる。その、女王の弱さや揺らぎが、軽めの声を丁寧に紡ぎ出す歌い方によって際立った。(つづく)



.