エスファハニ「現在も過去も」&「ゴルトベルク変奏曲」



▼「現在も過去も」▼マハン・エスファハニ(チェンバロ), コンツェルト・ケルン(弦楽合奏)〔UCCA1101〕
▼「バッハ《ゴルトベルク変奏曲》」▼マハン・エスファハニ(チェンバロ)〔UCCG1748〕

 イラン生まれのアメリカ人で、現在イギリスに拠点を置くチェンバロ奏者、マハン・エスファハニの録音が相次いで発売された。デビュー盤にあたる「現在も過去も」では18世紀音楽と20世紀音楽とを取り上げる。変奏曲ラ・フォリアとミニマル・ミュージックとを「繰り返し音楽」という視点でつなぎ並置する。コンセプトには特段の深みはない(ミニマルと取り合わせるのなら厳格なカノンなどのほうが位相ズレの本質をえぐるだろう)。その「深みのなさ」=「ちょうどよい分かりやすさ」が身上と見える。グレツキの《協奏曲》やライヒの《ピアノ・フェイズ》のチェンバロ版を聴ける楽しみもあるが、演奏の面白みはむしろ、スカルラッティやC・P・E・バッハの《ラ・フォリア》のほうにある。とりわけ、旋律に句読点を打ち音楽の対話を交通整理するあたりに、18世紀音楽への専門性がほの光る。
 もう一方の音盤にはバッハの《ゴルトベルク変奏曲》が収められる。全体構成に工夫の跡。最初のアリアから装飾音、つまり不協和音を取り去って、段落感を薄める。一方、最後のアリアには装飾音をフルに載せ、作品全体の段落感を強める。30ある変奏曲にも大きな設計思想が働く。とくに第26変奏以降で、追い立てるようにクライマックスを形成。楽章間の間を取らず第30変奏までをひとつなぎに。各楽章は淡白に進めるが、その淡白さが最後のアリアの粘りある段落感を際立たせる。こちらも分かりやすい。


初出:音楽現代 2016年11月号




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