ブリュッヘン・プロジェクト2013を振り返る



【第1夜】2013年4月4日(木)すみだトリフォニーホールフランス・ブリュッヘン(指揮), 18世紀オーケストラ管弦楽

 フランス・ブリュッヘン18世紀オーケストラとともに来日。新日本フィルとの共演を含め、四夜に渡りモーツァルトからベートーヴェンシューベルトメンデルスゾーンショパンまでを披露した。聴いたのは第一夜、18世紀オーケストラとのベートーヴェンの第二交響曲と第三交響曲「英雄」。
 18世紀オーケストラの「18世紀」とは「18世紀音楽を演奏する」というより「18世紀の視点でそれ以降の音楽を演奏する」という意味が強い。弓づかいや息づかいの自然さ(力動性)、緊張と緩和の彫りの深さ(和声性)、子音=音の出だしの多彩さと句読点の抜かりなさ(言語性)、それらを楽団で共有する意識。彼らにしてみれば当たり前の音楽作りなのだが、聴衆にすれば聴き慣れたはずのベートーヴェンがかくも新鮮に響く。
 たとえば「英雄」の第二楽章にそんな18世紀性はよく表れていた。葬送行進曲で、葬列に参加者が増えていくような場面が一見、素っ気ないようでも、音楽の力動性や音色の温かみは失われないし、一方で大仰な身振りをしているように見える場面でもこけおどしでない、語り物としての性格がしっかりと根付いている。
 生前墓というのがあって、これは何も悲しい話しではなく、大変な功徳という。脚こそ悪いがブリュッヘンは颯爽と、見事なまでに開かれた生前墓を打ち立てた。音楽家や聴き手がこれからも集って語り合える場所として。大音楽家の求心力が極まった一夜。

初出:モーストリー・クラシック 2013年5月号


【第2夜】2013年4月5日(金)すみだトリフォニーホールユリアンナ・アヴデーエワ(ピアノ), フランス・ブリュッヘン(指揮), 18世紀オーケストラ管弦楽

 作曲当時のスタイルと楽器で演奏を繰り広げる楽団。全4回のプロジェクトの第2夜は、2010年ショパン・コンクールの覇者アヴデーエワを迎えて、ショパンの2曲の協奏曲を披露した。ピアノももちろん1837年のエラール社製(ショパン存命時代!)。
 ピアノの音色は高音域ではフルートに、中音域ではファゴットに、そして低音域ではチェロにそっくり。そんな楽器からは弦楽器の弓づかいや管楽器の息づかいが聴こえてくる。アヴデーエワが鍵盤の離し際を丁寧に処理するからだ。正確なリズムの左手と、その上で自由に羽ばたく右手もショパンの理想に添う。
 そんなピアニストを経験豊かなオーケストラが強力にサポート。競い合うのではなく語り合う協奏曲を実現した。モーツァルトの大ト短調交響曲ショパンの協奏曲2曲という長い演奏会だったが、最後にヘ短調からヘ長調へと鮮やかに転じた瞬間、全体が一曲のように感じられた。時間を忘れたコンサート。

初出:月刊ピアノ 2013年5月号


【第4夜】2013年4月15日(月)すみだトリフォニーホール▼フランス・ブリュッヘン(指揮), 新日本フィル(管弦楽)