アーヴィン・アルディッティ《フリーマン・エチュード》を弾く



9月25日(火) 津田ホール
 英のヴァイオリン奏者アルディッティが、生誕百年を迎えたケージの難曲「フリーマン・エチュード」全四巻を、百分で弾き切った。
 世の中には「堆積する音楽」がある。神道典礼・御神楽(みかぐら)の冒頭曲「庭火」では、同じ旋律が笛、篳篥(ひちりき)、和琴(わごん)などで代わる代わる奏される。被写体を多色刷りで画にするように、異なった媒体で旋律をその場に積み重ね、典礼上のエネルギーを高める。
 「フリーマン・エチュード」もまた「堆積する音楽」だ。この曲は星図表と易により音や演奏法が定められ、作曲者の意図は注意深く避けられる。曲に意義付けを行うのは主に演奏者だ。そしてこの曲がエチュードである以上、その意義は「技術」に変換され演奏者の体に堆積し、音楽のエネルギーを高める。
 「堆積した音楽」の証人である我々は、1年後でも2年後でも、同じ場所で同じ奏者の「フリーマン・エチュード」を聴くべきである。そのとき初めて、アルディッティにこの曲が「堆積」したかどうか、判断できるのだから。

初出:モーストリー・クラシック 2012年12月号