チャイ4でハルがサイテンした!― ハーディング&新日本フィル

 新日本フィルハーモニー交響楽団の第501回定期演奏会に、同団ミュージック・パートナーの指揮者ダニエル・ハーディングが登場。チャイコフスキーの《交響曲第4番ヘ短調》とストラヴィンスキーバレエ音楽春の祭典》で大勝負に挑んだ(11月28日 サントリーホール)。
 大勝負というのは《春の祭典》のことではない。この曲は当夜、予想通りの健闘で、ハーディングも満足げに指揮台を降りた。勝負は《第4交響曲》のほうだ。「チャイコフスキー交響曲を振った経験はあまり多くない」と告白するハーディング。今回、彼が仕掛けたのは「チャイ4でハルをサイテンさせたらどうなるか?」という実験だ。
 彼の《春の祭典》には響きが重くならない工夫が施されている。といっても難しいことでなく、オーケストラを7割の力でドライブさせるということ。余力をバランス調整に使うのだ。そうするとリズムは透明化し隅々まで聴き取れるようになる。だが、パワーをセーブすると強弱の幅が狭くなるのでは?ハーディングはその問題を、ピアニッシモ方面にダイナミクス・レンジを拡げることで解決。こういった差配が、土着は土着でも「天使の土着舞踊」みたいな《春の祭典》を実現させた。
 これらをそのままチャイコフスキーの《第4交響曲》に導入したのだ。たとえば第1楽章。速度はたいへんゆったりとしている。重くならないのは「7割ドライブ」のおかげ。それに伴う「リズムの透明化」は、チャイコフスキー好みのリズム遊び、すなわち「ボタンの掛け違い」のような据わりの悪さをきちんと表現する(間抜けが指揮すると、ボタンがひとつなくなったり、ボタンホールがぐちゃぐちゃになったりする)。ゆっくりだけれど軽やかな足取りは、長調に転じてアッチェルランドするところで最大限の効果を発揮。軽快で無理のない加速には急かすようなところはなく、柔らかい芽が一斉に吹き出すような時間の運びが感じられる。その柔らかさのまま、あのファンファーレが響く。ロシアに春が来た。そう、ハルがサイテンしたのだ!
 一事が万事、このテイストが第4楽章まで続く。こうしてチャイ4からは「サラッテネー」楽団員の一斉蜂起も、「キョーサントーイン」の大行進も消えてなくなり、すべてが春をことほぐ歌となった。あのチャイ4に、ついていけない向きもあろう。これまでの聴き慣れた演奏に比べればそれも仕方がない。でも、あれこそ21世紀のチャイコフスキーだ。ピョートルにもとうとう春が来た!


写真:ダニエル・ハーディング(2011年3月10日の記者会見 於:すみだトリフォニーホール