渡邊順生 第42回サントリー音楽賞受賞記念コンサート


2012年7月17日(火)サントリーホール

 古典鍵盤楽器奏者で指揮者の渡邊順生が、合唱のモンテヴェルディ・アンサンブルと管弦楽のザ・バロック・バンドを率いて演奏会を催した。同賞の受賞を記念して披露されたのはモンテヴェルディ聖母マリアの夕べの祈り」。作曲家の代表作と言うだけでなく、西洋バロック音楽が誇る傑作中の傑作だ。
 同曲にはモンテヴェルディが「第2作法」と呼ぶ、当時としては新しい書法が駆使されている。音響体の大小(ソロとリピエノ)、質の差異(声楽と器楽)、高低(上声部と通奏低音)、距離感(演奏位置の遠近)などを対比させて音楽を作り上げていくのだ。
 こうしたおおよその音楽史的理解とは裏腹に、渡邊は同質性や同調性に重きを置いて音楽を組み立てた。そんな姿勢はとくに第9曲「天よお聞きください」で見事に実を結ぶ。テノール独唱(櫻田亮)とそのエコー(谷口洋介)が「海」と「聖母マリア」の同音異義語「Maria」をめぐって掛け合いを見せる第9曲。対比ではなく、細やかな受け渡しで微妙な変化を掬いとり、海から聖母へと意味が変容して行くさまをシームレスに描く。その細やかさが、独唱者の「皆」の呼びかけに対し合唱が柔らかく応答する場面へとつながっていく。
 こうした解釈と、その解釈の高度な実現に、日本の古楽奏者が積み重ねてきた努力の大きさを思わずにはいられない。その先頭に立っていたのが渡邊だ。受賞の答礼としてまことに相応しい演奏会であった。

初出:モーストリークラシック 2012年10月号