イム・ドンヒョク ピアノ・リサイタル



2012年5月7日 紀尾井ホール

 2005年のショパン国際ピアノコンクールに三位入賞したイム・ドンヒョクが、チャイコフスキーショパンラフマニノフの作品を並べ、リサイタルを催した。
 イムの2つの美点。ひとつは、モノクロームに近い音色ながらその階調がたいへん豊かであること。グラデーションも滑らかだ。もうひとつは和声の「緊張と緩和」をきちんと感じ、弾き分けられること。そうした美点のおかげでイムは、音の強弱に頼り切らずに音楽を彫琢できる。
 そんな強みが活きたのは、前半に置かれたチャイコフスキーの《四季》。各楽章に現われる明るさや翳りをグラデーションの両端として描き、その間を豊かな階調でつないでみせる。また、ひとつひとつの「緊張と緩和」に着実に落とし前を付け、飽きのこない演奏を実現した。
 その「墨色」の音に一滴「紅」を垂らしたり「藍」を垂らしたりできるようになれば、更なる飛躍が期待できる。「階調豊かな山水画」の方向を究めて欲しい。

初出:音楽現代 2012年7月号