ライプツィヒ・バッハ音楽祭2011 (1)「天使は歌がうまかった!」


 ライプツィヒゆかりの音楽家と言えば、一にも二にもヨハン・ゼバスティアン・バッハの名が挙がります。この街にとってバッハは、すでに「身体の一部」なのです。そんな「バッハ・シュタット」ライプツィヒでは毎年、6月の第2から第3週にかけてバッハ音楽祭が開催されます。1904年に始まったこの音楽祭は、ドイツでも最古参の部類に入ります。2度の世界大戦、旧共産圏時代も乗り越え、今年で107周年です。2011年のテーマは「イタリア趣味によって…」。バッハがヴァイマル時代の「イタリア体験」を始め、音楽家人生のあらゆる場面でイタリア音楽の影響を受けて来たことは有名です。今年のバッハ音楽祭はバッハとイタリアにスポットを当て、両者の「抜き差しならぬ関係」を明らかにしていきます。

 オープニング・コンサートは、オルガンによるバッハ《協奏曲ニ短調》BWV596の演奏で幕を開けました。この曲の原曲はヴィヴァルディの作品3-11。バッハの「イタリア体験」の成果のひとつとして知られています。
 続いてホストのライプツィヒ市長の挨拶。音楽祭の聴き所も簡単に解説してくれました。曰く「ヨハン・クリスティアン・バッハのオペラ《ザナイーダ》(初演1763年, ロンドン)の約250年ぶりの再演がおすすめです。バッハとイタリアとの関係を考えるとき、その末の息子 – つまりバッハの『作品』のひとつ – がイタリアに留学し、その成果をオペラとして残したことはとても重要。そのオペラの再演は今回のテーマに相応しい催しです。会場は1802年に柿落しをしたバート・ラオホシュテットのゲーテ劇場。歴史的な文化財で行われる歴史的な再演をお楽しみいただきたい」とのこと。なるほど、そういうアプローチもあるか、と関心しました。バッハ純正のプログラムはもちろん、この《ザナイーダ》もお楽しみリストに入りました。

 さて、お待ちかねの本割は、ヴィヴァルディとバッハの作品で構成されます。バッハのイタリア体験の要は「ヴィヴァルディ学習」でしたから、テーマに即したプログラム。演奏は、トーマスカントルのビラー指揮、トーマス合唱団とバーゼル室内管弦楽団コンサートマスターベルリン古楽アカデミーでおなじみのシュテファン・マイです(ユリア・シュレーダーが参加しておらず少し残念)。
 プログラムは、ヴィヴァルディの《グロリア ニ長調》RV589、バッハのカンタータ《神のなしたもう御業こそいと善けれ》BWV100、ヴィヴァルディの《マニフィカト》RV610、バッハのカンタータ《主に讃美あれ》BWV129。
 《グロリア》は独唱・重唱・合唱を織り交ぜて楽章割が施されている点で、のちのバッハ《ミサ曲ロ短調》に似た構造を持っています。とりわけ最終行「Cum sancto spiritu」の二重フーガは、ヴィヴァルディの曲としては異例に古いスタイル。そのあたりにも《ロ短調》につながる様式が顔を出します。
 一方、バッハのカンタータのほうにも「イタリア体験」の成果が現れています。たとえばBWV100の冒頭合唱やBWV129の冒頭合唱は、イタリアから伝えられた協奏曲のスタイル(リトルネロ形式)を「うつわ」として選んでいます。
 このように意欲的で、音楽的効果が高いプログラムも、演奏がいまいちだと興ざめですが、この日のトーマス合唱団はそうとう健闘、良い演奏会となりました。当方、トーマス合唱団を紹介するとき「天使の歌声。ただし天使が良い歌い手とは限らない」と言っています。正直、ドイツの他の少年合唱団(たとえばテルツ少年合唱団)に比べると実力が落ちる。ですから、トーマスカントルのビラーが意欲的なプログラムを練れば練るほど、トーマス合唱団で平気かしらと心配になるわけです。

 しかし、この日はとても充実した演奏。ひとつには演目に助けられた、つまり対位法楽章が少なく、ホモフォニックな声の迫力で音楽的効果が得られるような曲が多かった、ということ。ひとつにはそれなりに選抜メンバーだったということ。そして、バーゼル室内管弦楽団のサポートが効果的だったこと。おかげで、一定の音程・音色・リズムの精度が保たれ、トマーナーお得意の「迫力」もスポイルされません。
 この日最大の収穫は、ビラーがとっておきの歌い手を女声の独唱に抜擢したこと。名前は発表されていませんが、ソプラノを歌った少年と、アルトを歌ったカウンターテナーの青年はすばらしく良い声と音楽的勘とを身に付けています。ああいう人材がいるのであれば、トーマス合唱団もしばらくはなんとかなるかなあ、と思うほど。
 始まりが良いと勢いがつきますね。10日間の日程が充実した演奏会で埋め尽くされますように!


写真:(上)ライプツィヒ市長ブルクハルト・ユンク/(下)当夜のソリストたち 2011年6月10日, ライプツィヒ・トーマス教会