国際マーラー音楽祭(10)「400人の交響曲 - シャイーの《交響曲第八番》」


 5月17日から2週間に渡り開催されたライプツィヒ国際マーラー音楽祭。今日はその千秋楽(←もともと曲名だから音楽祭の最終公演に相応しい表現!)です。最後を飾るのはリッカルド・シャイー指揮、ゲヴァントハウス管弦楽団によるマーラー交響曲第八番》。俗に「千人の交響曲」と言われるあの曲です。合唱はMDR放送合唱団、ライプツィヒオペラ座合唱団、トーマス合唱団(児童合唱)、ゲヴァントハウス合唱団、ゲヴァントハウス児童合唱団の混成部隊。独唱はズンネガルト、メルベト、エルツェ(以上ソプラノ)、ブラウン、ロンベルガー(以上アルト)、グールド(テナー)、ヘンシェル(バリトン)、ツェッペンフェルト(バス)が担当しました。総勢400人強の「大合奏体」です。

 《第八番》はとにかく合唱の曲。合唱がどこまでその能力を発揮するかですべてが決まる、そういう曲です(その点でバッハの《ロ短調》と似ている)。当夜の《第八番》がすばらしい成果を上げたのももちろん、彼ら合唱のおかげ。見事な演奏でした。
 まずはその規模に注目。男声・女声・児童でそれぞれ約80名・約90名・約90名。260名超の合唱団です。ひとくちに260名と言っていますが、プロの合唱団員をそれだけ揃えることを想像していただきたい。合唱超大国ドイツだからできることです。
 次にその技術力。ラテン語・ドイツ語はこの日の合唱団員にとってもっとも慣れ親しんだ二大言語。各パートの音程・音色は申し分なく揃っています。フォルティッシモの迫力はもちろんのこと、ピアニッシモの「力強さ」と言ったらない(28日付記事参照)。これは息を安定的に供給できるから。身体の使い方が整っているから。そして、パート全員でそれを実践できるから。驚異的なのはこれを、260名の規模でやってのけることです。
 そんな技術力は当然、《第八番》の各所で結実します。たとえば、第1部の第508小節に始まる「主なる父に栄光あれ Gloria Patri Domino」。六度下行からの八度上行音形が特徴的なこの部分(Va以下が同じ音形の拡大変形を同部分で3小節に渡って弾いてます。マーラー、芸が細かい)、児童合唱から独唱へと渡された「Gloria」のバトンはやがて二重合唱へ。ここからが圧巻です。古楽的見地から言えばこの部分は「コンチェルタート様式(協奏様式)」。コンチェルタート様式とは、要素の対比を表現の主軸に据えたスタイルのこと。声楽と器楽、ポリフォニーとホモフォニー、強音と弱音、鋭さと丸み、迫力と繊細さといった対立項を1曲に統合する様式です。独唱も若干、絡んできますが、ここはもう合唱の独擅場。260名で歌っているとは思えないほど、対位法の各声部はきっちり分離しています。アルト、テノール声部の厚みが妙なる立体感を生み出しているとみてよいでしょう。そんな合唱が各対立項をきれいに描き分けていきます。
 それで、こういう合唱が実現するためにはもうひとつ重要なことがあって、それはオーケストラの「コラ・パルテ」です。コラ・パルテとは、器楽の各パートが合唱の各パートと重複した旋律を演奏することで合唱を下支えすること。コラ・パルテのバランスがパーフェクトだと、声楽とも器楽ともつかない芯のあるサウンドにのって、詩がしっかりと聴衆の元に届きます(このことを理解していない指揮者は割と多くて、管弦楽と合唱に音の張り上げ合いをさせるのがいます。遺憾)。マーラーはその点で非常に計算されたスコアを書いています。だから優れた指揮者はスタイルとしてのコンチェルタート様式、音響配置としてのコラ・パルテを(古楽的な見地から)理解した上でこの曲に臨みます。リッカルド・シャイーはまさにそう。ここまで大編成の上、完全にモダン楽器のオーケストラで、あそこまで気を配ったコラ・パルテを聴かせてくれれば、合唱が活きないはずがありません。

 ここでふと想像してみます。もし、クルト・マズアが指揮するゲヴァントハウス管弦楽団の《交響曲第八番》だったら最後まで聴いていられたかと(クルト・マズアの「来るとマズイ」演奏会の様子はこちら)。やはり、ブロムシュテット – シャイーのラインはたいへん良い仕事をしたという他ありません。ブロムシュテット時代に弦楽器はそうとう訓練され、若返りと同時に合奏力をあげてスタイリッシュなサウンドに。シャイーの在任期間には管楽器の「アンサンブル寄与力」が格段に上がりました。そんなゲヴァントハウス管弦楽団だからこそ、当夜の《第八番》がある。もちろん演奏会場としてのゲヴァントハウスの優秀さも。《第二番》で見せた「戦略」は《第八番》でも成果を上げたというわけです。

 こうして、国際マーラー音楽祭は幕を閉じました。振り返ってみるととんでもない企画だったことが分かります。しばらくないだろうなあ、一流のオケでマーラーの実演を浴びるように聴くなんて。当方にとっては良い勉強になりました。行っていないNYフィル分も含めプログラム冊子もコンプリート(手を回した。いひひ)。総合案内冊子とともにコレクターズアイテムとして保存します!

追記:シャイー&ゲヴァントハウス管による《第二番》《第八番》はDVD・Blu-Rayとして9月に発売される予定。これは買いなんじゃないかな。いや、もっと積極的に買い。


写真:(上)大活躍!当夜の合唱・5月29日ゲヴァントハウス大ホール/(下)DVD・Blu-Rayのフライヤー