テレマンの<食卓の音楽>


バロック音楽の優れたワードローブ

 色とりどりの魚介類が食欲をそそる海鮮丼。それを指して「海の宝石箱」とする表現は、まったくもって至言と言うほかありません。テレマンの<食卓の音楽(ターフェルムジーク)>は、愛聴家にとって「バロック音楽の宝石箱」といっても過言ではありません。
 一方、それを利用する演奏家や宴席のホスト役にとって、この曲集は「バロック音楽の優れたワードローブ」と言えましょう。テレマンの<食卓の音楽> を、最小限の手持ちで最大限の効果を上げる衣装箪笥に喩えるのには、こんな理由があります。全3巻はそれぞれ、序曲・四重奏曲・協奏曲・トリオソナタ・ソロソナタ・終曲の6曲がセットになっていますが、全18曲はすべて異なった楽器編成で書かれていて、まったく重複していません。それにもかかわらず、18世紀の室内楽団としては最小規模のオーケストラで18曲すべての演奏を実現することができるのです。試みにそんな小オーケストラを再現してみましょう。
 第1ヴァイオリン3名、第2ヴァイオリン2名、ヴィオラ2名、チェロ2名、コントラバス1名、フルート2名、オーボエ2名(内1名はリコーダー持ち替え)、ファゴット1名、ホルン2名、トランペット1名(通常、楽団には属さず主馬寮付かフリーランス)、鍵盤1名の合計19名ほど。規模からすると、大バッハの五男ヨハン・クリストフ・フリードリヒが仕えていたビュッケブルクの宮廷楽団や、のちにハイドンが楽長を務めることになるエステルハージ家の楽団と重なり合います。アマチュア楽家が集うにしても、まず可能な規模でしょう。
 また、テレマンはちょっとした工夫で編成上の取り回しを向上させています。たとえば第2巻の<四重奏曲ニ短調>。リコーダー、2本のフルートと通奏低音の編成を採りますが、リコーダーのパートはファゴットかチェロで演奏してもよい、と楽譜に但し書きがあります。リコーダーのパートがフランス式高音部譜表で書かれていることにも注目。フランス式高音部譜表とは、ト音記号が五線の最下線である第1線上にある楽譜のこと(通常は第2線上)。結果としてへ音記号の楽譜と同じ読みになり、低音楽器でも読み替えなしに演奏できます。楽器の異動を容易にするための措置とも考えられます。小さい工夫ですが、細部にまでテレマンの目が行き届いていることが分かります。


バロック音楽の談話室

 テレマンの<食卓の音楽>が響かせるサウンドは、どの曲をとってもたいへんに豊かです。しかし、それとて最低限の声部で実現しているのですから、優れたワードローブの比喩はここでも生きています。たとえば四重奏曲。4つの声部は組み合わせを刻々と変化させつつ掛け合いを繰り広げます。それはまるで、気の置けない友人が4人集まって、ああでもないこうでもないとおしゃべりしているようにも感じられます。6人になればもっと騒々しいだろうし、2人なら恋人のささやき合いに似るかもしれません。
 <食卓の音楽>の、談話室のようなありようは、それが供される宴席の様子を映しているようで興味深く感じます。そんな洒落た仕掛けにテレマンという人の真骨頂を見る気がするのです。


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写真:テレマン音楽監督を務めた街・ハンブルクの市庁舎