ブリュッヘン&新日本フィル 「メタメタ《第8》」「メタ《第9》」(1)


 ブリュッヘン指揮、新日本フィルの「ベートーヴェン・プロジェクト」もいよいよ最終回。2月19日、すみだトリフォニーホールで《第8番》と《第9番》を聴きました。最終回の模様を2回に分けてお知らせします。第1回は《第8交響曲》について。《第8》がどんな曲なのか整理してから、ブリュッヘンの演奏へと筆を進めて行きます。


《Orchestersuite F-dur》、別名《Symphonie Nr. 8 F-dur》

 ベートーヴェンの《交響曲第7番》と《第8番》は、作曲時期(1812 年前後)が重なっていることから「双子」と言ってよい2曲。この「双子」は、《第5》《第6》で積み残したいくつかの音楽的課題を解決するために、生まれてきました。 ベートーヴェンは前作の交響曲で、短い音型=動機の徹底的な展開に成功しましたが、その副作用として美しく流れる旋律を犠牲にしました。《第7》《第8》では、その点の解決が図られています。動機の徹底的な展開を残しつつ、美しく流れるような旋律を響かせるためにベートーヴェンが到達したのは、舞曲でした。
 舞曲は舞踏のための音楽で、それぞれのダンスのステップに合わせて拍子やリズムが設定されます。それに載せ、ときに流れるような、ときに荒々しい旋律が奏でられるのです。ベートーヴェンはそこに目をつけ《第7》《第8》を書き上げました。だから両者は、双子は双子でも「双子の舞曲集」というわけです。
 《第7》のそれぞれの楽章がジグ・マーチ・スケルツォ・コントルダンスだということは先だっての記事の通り。《第8》のそれぞれの楽章はクーラント・エコセーズ・メヌエット・ブレ。両交響曲はそれぞれ、ベートーヴェンの「イギリス組曲」と「フランス組曲」といえるものかもしれません(ちと苦しいが)。


「最大の交響曲」、《第8》

 さて話は変わって楽器編成のこと。《第8》の楽器指定は標準的な2管編成(管楽器が2本ずつ+弦楽器5部)ですが、それは楽譜上のこと。1814年2月の《第8》初演(《第7》再々々演)時の編成を、ベートーヴェンはメモで残してくれています。それによると、第1・2ヴァイオリン各18名、ヴィオラ14名、チェロ12名、コントラバス7名(弦楽器合計69名)、管楽器は倍管24名、楽譜にないコントラファゴット2名、ティンパニ1名(管打楽器合計27名)、オーケストラ総計96名、ということが分かります。19世紀の初めとしてはかなりの大編成。初演時で比べれば《第8》は、ベートーヴェン交響曲中、もっとも大きなオーケストラで演奏されました。


「ppp」から「fff」まで

 当時の演奏習慣に鑑みれば、弦楽器にはアマチュアが参加し、強奏時には全員で、弱奏時には上位奏者のみで演奏するコンチェルト・グロッソ方式がとられたと考えられます。したがって音量は「10 人の弱奏」から 「100 人の強奏」までの広い幅を持つわけです。以上を考え合わせると《第8》(と《第7》)は、《第6》までの交響曲の演奏とは比べ物にならないほどのダイナミクスを実現したはず。事実《第8》には、他ジャンルでもそれまでほとんど使用例のないpppとfff が用いられています。pppではぐいと聴衆の耳を惹き付けるささやきを、fffでは会場を揺るがす大音量を。ベートーヴェンがあざとい程の強弱を狙っていることは明らかです。


《第8》=「古典回帰のこじんまりとした交響曲」?

 以上のように丁寧に歴史をひも解いてみると、従来の《第8》のイメージには、そうとう修正が必要なことが分かります。《第8》は「古典回帰のこじんまりとした交響曲」などでは決してありません。《第8》は「大仕掛けでケレン味たっぷりの舞曲」なのです。リズムの立った演奏で舞曲の推進力を保ち、ダイナミクスにしっかりと目配りをし、大迫力で迫ってこその《第8》。つかみ所がないように見えるこの交響曲の「へそ」はそんなところにあります。


オーケストラは疲れ気味、ブリュッヘンは元気

 本番に先立つ17日の木曜日、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの記者会見を終え、その足で向かった先はすみだトリフォニーホール。非公開練習に潜入です。舞台に現れたブリュッヘン、《第8》の各楽章を造形していきます。オーケストラは、はじめのうち拍節感のない「1拍子」で《第8》を演奏していましたが、各楽章でブリュッヘンが「強拍と弱拍をしっかり区別して」と指示を出すと、オケは即座に反応、舞曲のリズムが立ち上がってきます。
 こういった練習を目の当たりにしましたから、19日の本番でも《第8》の舞曲性に大いに期待していましたが、少し拍子抜けでした。長丁場のプロジェクトで、オーケストラは疲れ気味。後半の《第9》の為にエネルギーを温存していたのかもしれませんが、アンサンブル精度が落ちていて、もうメタメタ。練習で出来ていたことが本番で出来ていない状態です。舞曲のリズムも大仕掛けの迫力もない、「古典回帰のこじんまりとした交響曲」が、不揃いのままそこにありました。残念。
 長期間にわたる企画モノだけに、疲れは当然あると思います。楽団員の方々の努力は重々承知の上ですが、それでもやはり、《第8》はもっと面白い交響曲だ、と声を大にして言いたいところです。
 ちなみに、オーケストラは疲れ気味でもブリュッヘンはとても元気です。足腰に多少のガタはきていますが、いたって気丈夫。アイデアもどんどんと沸いてくるようです。そんなアイデアのひとつが《第9》の演奏に結実しました。それは、単なるパフォーマンなどでは決してなく、《第9》の幹をわしづかみにするような仕掛けでした。


つづく (《第9》の様子はこちら


写真:フランス・ブリュッヘン(1月18日、すみだトリフォニーホール