ブリュッヘンのベートーヴェンプロジェクト、いよいよ始動!


 オランダを古楽先進国の地位に高めた音楽家のひとり、フランス・ブリュッヘン。リコーダーを自在に操り、18世紀オケを組織してきた彼も、いまや世界中のモダンオーケストラを振るようになりました。東京では新日本フィルとの共演で成果を上げています。
 2011年、東京コンサートライフの目玉のひとつと言えば、ブリュッヘン新日本フィルの「ベートーヴェン・プロジェクト」(交響曲全曲演奏会)。この大型公演がいよいよスタートします。28日はその公開リハーサルと記者会見、そして懇親会(すみだトリフォニーホール)。ボリュームいっぱい、時間オーバー、延長戦ありのこの日のプログラムを、順に紹介していきましょう。


<リハーサル>
 リハーサル2日目のこの日は《第9番》と《第8番》を取り上げ、ブリュッヘンとオケが音楽をすり合わせます。今回のプロジェクトのリハーサルは独特で、9番から1番へと進行。そして本番の公演は1番から順に行います。リハーサルでベートーヴェンがたどった道筋を逆に進むのは「答えを見てから問題を解く」方式の勉強法と同じ。つまりそこには、《第9番》が「答え」で1〜8番はその解法だ、というブリュッヘンの思いが滲んでいます(私はこの考え、すなわち、ベートーヴェンの9つの交響曲を1本の線の上に並べて、やれ進歩したとか退歩したとか言いつつ、《第9番》こそ進化の極まった交響曲だ、とする思想に真っ向から反対しますが、その議論は今はしません)。
 この日はリハーサル第1節の後半にあたり、両交響曲とも第4楽章のおさらい。《第9番》の終楽章は、演奏をこまめに止めながら進んでいきます。とりわけ綿密な調整が行われたのが、第595小節「Andante maestoso」以下の部分。「Seid umschlungen Millionen!」の詩でルネサンス・スタイルの合唱が始まるところです。大半のモダンの演奏ではここが、とてもルネサンス風に聞こえないのですが、ブリュッヘンはさすがにこの部分の扱いを分かっています。
 ここをルネサンス風/教会風に調える秘訣はトロンボーンのコラ・パルテに有り。トロンボーンは当時、教会の楽器でした。コラ・パルテとは器楽が声楽のパートを重複して演奏すること。つまりここでは、トロンボーンの響きが、同じ旋律の弦楽器各部、そして合唱各声部と完全に溶け合わなければならないわけです。そのときに初めて、あのルネサンス期の合唱の響き--器楽とも声楽ともつかぬ、細いけれど芯のあるサウンド--が実現されます。
 モダンの指揮者にありがちなのは、高らかにトロンボーンをぶっ放す演奏。これではルネサンス風が台無しです。ここでルネサンス風/教会風が決まらないと、この部分の歌詞が持つ「宗教的」な意味合いが半分死んでしまいます。前節の世俗的な歌詞が「能天気」に歌われるのに対して、この部分の「宗教的」な歌詞は教会風に歌われなければならない、という明確な方針が、ブリュッヘンの音楽作りから垣間見えるのです。 
 一方の《第8番》の第4楽章。こちらは冒頭のリズムの整理に時間をかけます。《第8番》はまさに舞曲の集まりで、第4楽章はフランスのダンス「ブレ」。アクセントのあるアウフタクトが特徴の速い2拍子がブレのリズムです。第1ヴァイオリンがこのブレのリズムをしっかりと刻めるまで、ブリュッヘンは何度もやり直しを指示しました(とくに第4小節2拍目のF)。ブレのリズムさえ決まればあとはスムーズ。冒頭のしつこい練習からは一転、《第8番》のリハーサル自体はすぐに終わってしまいました。
 大切なのは、ブリュッヘン潜在的にせよ顕在的にせよ、この楽章を「ブレ」であると理解していること。ということは他の3つの楽章もそれぞれ相応の舞曲(当方の考えだとクーラント、エコセーズ、メヌエット)だと考えているでしょう。このことから、《第8番》がノリノリの愉快な演奏になる予感がひしひしとします。

リハーサルの様子はこれくらいにして、次回は記者会見の内容をお伝えします。

___________________
ベートーヴェン・プロジェクト(交響曲全曲演奏会)
2011年2月8,11,16,19日
ブリュッヘン指揮, 新日本フィルハーモニー交響楽団 ほか
すみだトリフォニーホール, 特設サイト
___________________


写真:フランス・ブリュッヘン(1月28日, すみだトリフォニーホール