延原武春×大フィル、ベートーヴェンの《交響曲第8番》で舞う!


 敬愛する延原武春さんが、盛期古典派の楽曲を取り上げるシリーズで、大阪フィルハーモニー交響楽団と共演を重ねています。12月3日はその3回目(大阪・いずみホール)。ハイドンモーツァルトとプログラムは進みますが、とりわけベートーヴェンの《交響曲第8番》は快演。テレマン室内オーケストラと延原さんのベートーヴェン・シリーズを知っている身としては、名演は当然だ、という誇らしげな気持ちに。
 なにせ延原さんは、この《第8番》の初演(1814年)の状況を良く知っているし、各楽章がどんな舞曲に依拠しているかもご存知。また、そもそもどういう制作意図で《第8番》が舞曲の体裁を取ったか、というベートーヴェンの創作史にも通じている上、(これが一番重要だけれど)音楽家としての経験と感性がこの曲に見事に結晶化しています。そんな延原さんの《第8番》が良くないわけないのです。
 ただ、聴く方には(場合によっては弾く方にも)誤解があることが多い。それは、ベートーヴェンの「偶数番交響曲」に対する誤解です。《第8番》に関しては「古典回帰のかわいらしい交響曲」と思っている方もいて、そんな方が(1)大編成、(2)コントラファゴットによる低音部補強、(3)ダイナミック、という特徴を備えた延原さんの《第8番》を聴くと、「おおよそ古楽らしくない、モダンのオケに親和性の高い解釈」といった、分かったような分かんないような勘違いをすることがあります。それは大間違い。(1)から(3)こそ、歴史的事実に当たって再構成した初演当時の《第8番》の姿なのですから。つまり、古楽中の古楽です。こういうのを本当の古楽って言うんです。
 それで、そのあたりの誤解を解いていただくべく、《第8番》の演奏に関する歴史的事実を再録します。

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 第7番も8番も、オーケストラの楽器指定は標準的な2管編成(管楽器が2本ずつ+弦楽器5部)だが、それは楽譜上のこと。1814年2月の第8番初演(第7番再々々演)時の編成を、ベートーヴェンはメモで残してくれている。それによると、第1・2ヴァイオリン各18名、ヴィオラ14名、チェロ12 名、コントラバス7名(弦楽器合計69名)、管楽器は倍管24名、楽譜にないコントラファゴット2名、ティンパニ1名(管打楽器合計27名)、オーケストラ総計96名、ということが分かる(7番初演時の編成については「100人ほど」という当時の批評が残っている)。19世紀の初めとしてはかなりの大編成だ。
 当時の演奏習慣では、弦楽器にはアマチュアが参加し、強奏時には全員で、弱奏時には上位奏者のみで演奏するコンチェルト・グロッソ方式がとられていた。したがって音量は「10人の弱奏」から「100人の強奏」までの広い幅を持つ。
 以上を考え合わせると、第8番は、第6番までの交響曲の演奏とは比べ物にならないほどのダイナミクスを実現したはず。事実、第8番には、他ジャンルでもそれまでほとんど使用例のない fff と ppp が用いられている。したがって、fff では耳をつんざく大音量を、pppではぐいと聴衆の耳を惹き付ける「力ある」弱奏を実現することが求められる。あざとい程の強弱をベートーヴェンが狙っていることは明らかだ。
 この「あざといほどの強弱」を実現するために、作曲者自身も実演ではコントラファゴットを加えていた。このことから、ときどきの判断によってコントラファゴットによる音量補強をすることは充分にあり得る「編成解釈」だと言えよう。