<ロ短調ミサ曲>私録


 <ミサ曲 ロ短調>BWV232はバッハ畢竟の大規模声楽曲。楽曲の成立過程にも謎が多く、なぜこのミサ曲が作曲されたのか、バッハ学者の間でも論争になっています。宗教的発心、とりわけエキュメニカル(教会一致的)な思いに駆られて作曲したのか、はたまたドレスデン宮廷への猟官運動(自らの職だけでなく息子や弟子といった次世代のポストも含め)だったのか。そのままでは、カトリックの礼拝にもルーテル派の礼拝にも用いることが困難なこのミサ曲。いったい何のために・・・。いずれにしても、失明直前まで作曲が続けられたこの楽曲に「特別」な意義があったことは確かです。
 そんな特別な1曲が、現在もっとも特別な音楽家と言っても良いアーノンクールの指揮で演奏されます。今年10月、シェーンベルク合唱団とヴィーン・コンツェントゥス・ムジクスを従えての来日公演。ファンの関心も日に日に高まっています。
 おそらく日本では最後となる「アーノンクールの<ロ短調>」を記念して、当方がこれまで実演に接した<ロ短調>の番付を発表いたします。あくまで「私録」ですので、ランキング内容についてのクレームはご容赦ください(笑)。


1位 ヘンゲルブロック, バルタザールノイマン合唱団&同アンサンブル(ライプツィヒ・トーマス教会, 2009年)
2位 ブロムシュテット, ゲヴァント合唱団&同管弦楽団ライプツィヒ・トーマス教会, 2005年)
3位 エリクソン, エリクソン室内合唱団&ドロットニングホルム・バロックオーケストラ(ライプツィヒ・トーマス教会, 2004年)
4位 ノリントン, RIAS室内合唱団&ブレーメン・ドイツ室内管弦楽団ライプツィヒ・トーマス教会, 2008年)
5位 へレヴェッへ&コレギウムヴォカーレ(ライプツィヒ・トーマス教会, 2003年)
6位 ビラー, トーマス合唱団&ストラヴァガンツァ・ケルン(ライプツィヒ・トーマス教会, 2006年)
7位 シュミット=ガーデン, テルツ少年合唱団&コンツェルトケルン(ライプツィヒ・トーマス教会, 2007年)

ランク外 コルボ, ローザンヌ声楽アンサンブル&同器楽アンサンブル(東京国際フォーラム, 2009年)


「2010年、聴く予定の3本」
ガーディナー, モンテヴェルディ合唱団&イングリッシュ・バロック・ソロイスツ(ライプツィヒ・トーマス教会)
へレヴェッへ&コレギウムヴォカーレ(ケーテン・ヤコブ教会)
アーノンクール, シェーンベルク合唱団&ヴィーン・コンツェントゥス・ムジクス(サントリーホール


 ヘンゲルブロックの合唱団はたいへんに高いレヴェル。最近、「1パート1人方式(リフキン方式)」の演奏が増えてきました。この方式が支持されるのは、精緻で透明な声楽アンサンブルが実現できるから。ヘンゲルブロックの合唱団は、6(S.I)-6(S.II)-6(A.)-6(T.)-6(B.)の編成で「リフキン方式」並のアンサンブルを実現するのですから、これ以上を望むべくもありません。
 ブロムシュテット退任記念の<ロ短調>、ゲヴァントハウス管でどこまでできるのやらと少しなめていたところ、思わぬ好演に大金星。ブロムシュテットによって訓練され、マズア時代のマズイ演奏から抜け出したゲヴァントが、18世紀の語法をしっかりと踏まえて取り組んだバッハ。ソリストにも恵まれ、モダン楽器の演奏としてはかなり図抜けたものとなりました。
 エリクソンの<ロ短調>は合唱・オーケストラ・ソリストとも高水準。ノリントンの解釈とRIASの合唱はすばらしいのですが、モダンオケが合唱を殺す場面がちらほら。ノリントン、ヘレヴェッへはソリストに恵まれませんでした。
 ミシェル・コルボは話になりませんね。彼はバッハの声楽曲を理解できていません。18世紀の音楽語法、キリスト教典礼知識などを身に付けた指揮者・奏者が当たり前の昨今、彼の宗教音楽解釈にほとんど根拠がないことは明白です。
 今年の3本、ガーディナー、ヘレヴェッへとアーノンクールが何位に食い込んでくるかとても楽しみです。実力からすればワンツースリーフィニッシュの可能性もあるだけに、期待が膨らみます。


画像:夏風散人<コラージュ「若き血」>