日本テレマン協会のベートーヴェン (4)


 日本テレマン協会の「ベートーヴェン交響曲全曲&合唱幻想曲・荘厳ミサ曲」シリーズの第4夜(6月20日、大阪・いずみホール)。プログラムは<第7番イ長調>と<第8番ヘ長調>。作曲当時の楽器・奏法・編成、そしてメトロノーム記号を踏まえての演奏です。日本テレマン協会は、延原武春さんによって創設されたバロック・古典音楽の総合団体で、「テレマン室内管弦楽団」、「コレギウム・ムジクム・テレマン」、「バロック・コア・テレマン」などの演奏団体を抱え、関西を拠点に活動をしています。

 実はこの日(6月20日)、ライプツィヒ・バッハ音楽祭で<マタイ受難曲>やら<ゴルトベルク変奏曲>を聴いていたので、残念ながら日本テレマン協会のライブに立ち会っていません。そこで録って出しのCDを送っていただき、成果を確認した次第。「のだめカンタービレ」で一躍有名になった<交響曲第7番イ長調>が気になりますが、この日の「主役」は<第8番>だったと言って間違いありません。
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 第7番も8番も、オーケストラの楽器指定は標準的な2管編成(管楽器が2本ずつ+弦楽器5部)だが、それは楽譜上のこと。1814年2月の第8番初演(第7番再々々演)時の編成を、ベートーヴェンはメモで残してくれている。それによると、第1・2ヴァイオリン各18名、ヴィオラ14名、チェロ12名、コントラバス7名(弦楽器合計69名)、管楽器は倍管24名、楽譜にないコントラファゴット2名、ティンパニ1名(管打楽器合計27名)、オーケストラ総計96名、ということが分かる(7番初演時の編成については「100人ほど」という当時の批評が残っている)。19世紀の初めとしてはかなりの大編成だ。
 当時の演奏習慣では、弦楽器にはアマチュアが参加し、強奏時には全員で、弱奏時には上位奏者のみで演奏するコンチェルト・グロッソ方式がとられていた。したがって音量は「10人の弱奏」から「100人の強奏」までの広い幅を持つ。
 以上を考え合わせると、第8番は、第6番までの交響曲の演奏とは比べ物にならないほどのダイナミクスを実現したはず。事実、第8番には、他ジャンルでもそれまでほとんど使用例のない fff と ppp が用いられている。したがって、fff では耳をつんざく大音量を、pppではぐいと聴衆の耳を惹き付ける「力ある」弱奏を実現することが求められる。あざとい程の強弱をベートーヴェンが狙っていることは明らかだ。
 当夜はこの「あざといほどの強弱」を実現するために、コントラファゴットを加えての演奏。オーケストラの大増員が難しい中、効果的な音量補強と評価できる。作曲者自身も実演ではコントラファゴットを加えていた。このことから、ときどきの判断によって音量補強をすることは充分にあり得る「編成解釈」だと言えよう。指揮者・延原の決断に快哉を叫びたい。
 強奏で始まる第1楽章の迫力にまずは驚かされる。コントラファゴットの補強だけではない。オーケストラの意識がまるで違うのだ。従来言われてきたような「古典に回帰した<第8番>」のつもりで演奏したのでは、ブレーキがかかってしまい、こんな咆哮するような冒頭にならない。ベートーヴェンの目指した耳をつんざく大音量の音像が、演奏者1人ひとりの心中に描けている。このあたりの意思統一に、日本テレマン協会のチームワークのよさが透けて見える。
 偶数番号交響曲のイメージを変える。わたくしがこの演奏会シリーズに期していたことの1つを、この日の演奏は見事に実現してくれていた。ライブに立ち会えなかったことが、今更ながらうらめしい。


写真:日本テレマン協会代表・延原武春 (C)日本テレマン協会