ライプツィヒ・バッハ音楽祭 (12)


6月20日、<マタイ>と<ゴルトベルク>をひと晩で聴く(1)


 ふた晩で<マタイ受難曲>を3度聴いたことがあります。アンスバッハ・バッハ週間にバッハ・コレギウム・ジャパンが出演した際、リハーサル・本番第1夜・本番第2夜と顔を出したため。面白いことに演奏がよいとそれほど疲れないものです。
 この日は<マタイ受難曲>と<ゴルトベルク変奏曲>の「はしご」。昼間はヴァイマールに遠足に行っていましたから、睡眠警報が出るパターンです。しかし、それも杞憂でした。音楽祭期間中最高と言える演奏に出会ったからです。
 <マタイ受難曲>といっても当夜のプログラムは、大バッハの次男C・P・E・バッハによるパスティッチョ受難曲。自作と父親の作品を組み合わせて1つの受難曲に仕立てています。主要なコラールは大バッハの作品。そこにオペラ風のレチタティーヴォ、アリオーソやアリアなど自作を加えています。父親の作品の使い方も時宜に適っており、自作の楽章も隙のない作曲で、「パスティッチョ」のことばが持つマイナスイメージとはほど遠い、劇的で出来の良い受難曲です(時間が2時間かからないのもよい)。
 そんな珍しい実演に際して、相当に気持ちがのっていたソリスト・合唱・管弦楽。それが空回りせず見事に合致して、われわれを「受難譚」の世界に誘いました。イエス福音書記者は、ささやき声までニコライ教会の奥に届かせる技量。合唱団から選抜された各アリアのソリストも、安定感抜群です。バルタザール・ノイマン合唱団・管弦楽団の実力の高さはかねてより聞いてはいましたが、目の前でそれが開陳されて行くさまは圧巻でした。合唱団と管弦楽団がほとんど1つの音響体として耳に届きます。コラール、対位法楽章、オペラ風アリア、どれをとっても声楽と器楽の共同作業がパーフェクトです(同合唱団・管弦楽団の演奏は来年のバッハ音楽祭でも聴くことが出来ます。演目は千秋楽<ミサ曲ロ短調>。バッハファン必聴です)。
 当夜の演奏にはいくら賛辞を贈っても足りないほどですから、このあたりで切り上げますが、最後に触れておきたいのが指揮者の腕前です。イギリス出身でオペラハウスを中心に活躍するイヴォア・ボルトン。経歴から、ドイツ語受難曲の演奏に向いていないのではないかと、思っていましたが、予想を大きく裏切る活躍。歌い手の息遣い、劇音楽の間合いを熟知しています。レチタティーヴォの間合いも心地よく、楽章と楽章の間も受難曲の緊張感を失わせることのない手さばき。驚きました。受難曲とは間合いの取り方と見つけたり。オペラだけでなく古楽でも活躍が期待される指揮者です(オペラもぜひ聴きたい)。 


写真:指揮者ボルトンとバルタザール・ノイマン管弦楽団(ニコライ教会)