ライプツィヒ・バッハ音楽祭2019(2)

 ライプツィヒ・バッハ音楽祭には若手のための演奏会枠がある。当地のバッハ国際コンクールを始め、各地の国際コンクールを勝ち抜いた若い音楽家のための“ご褒美コンサート”だ。
 6月15日、旧取引所に登場したのはヴァイオリンのマリア・ヴロスチョスカ(Maria Włoszczowska)。2018年のライプツィヒ・バッハ国際コンクール、ヴァイオリン部門を制した。プログラムにはコレッリ、バッハ、ルクレールの名前が並ぶ。
 コレッリソナタ作品5-3は、旋律装飾を前提とした、いわば“骨格”作品。演奏者が即興性を発揮して曲を完成させる。その装飾の全体構成がよい。ヘミオラを伴う大きな終止に向けて徐々に装飾音を増やしていき、一旦リセット、また終止に向けて装飾を増やし、局所的にはギザギザのグラフを描きながら、全体としては右肩上がりに装飾が厚くなっていく。螺旋状に増えていくと言ってもよい。これはバッハ自身が弟子に教えていた方法だ。細部の装飾音形がもっと洒落たものになれば、この人はイタリア式装飾の名手になれるかもしれない。
 バッハの無伴奏ソナタ第2番とチェンバロ付きのハ短調ソナタに移ると、構成感の弱さが前に出てしまった。楽譜の緻密な分析の結果ではなく、楽譜から個人的に得た感興のほうを優先して表現する。というか、ほぼ全体がそれに占められる。バッハは、若い音楽家が感じるままに演奏して太刀打ちできるほど、作品を安易に書かない。
 だから、彼女の得た感興と作品のキャクターとが( た ま さ か )一致したルクレールソナタ作品9-8は、据わりのよい演奏になった。アンダンテでは楽器の音域の違いによる音色差を生かして、対話構造を浮き彫りにしたりと、その手腕も冴える。この曲の最終楽章はシャコンヌ。激しい楽想の後の浮遊感のある音色には、バロックらしい色彩がある。バッハのシャコンヌではなくて、ルクレールシャコンヌで締めたのもおしゃれだ。
 表現したい感興がしかとあって、それを音楽表現として表に出す。今のところ彼女は感興のほうが大きく、しかもそれが個人的な“感傷”に留まっている。勉強や表現方法の開拓がまだ追いついていないわけだ。ただし、表現意欲が人並外れて強いことは確か。技術をつけることも勉強を重ねることも後からできる。表現意欲がつよいことを大きく評価しての一等賞だったのだろうと思わされた。



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