“神童” メンデルスゾーン

 何かに取り組み、上達を目指そうとするとき、我々はしばしば2つの警句を思い浮かべる。「習うより慣れろ」と「好きこそ物の上手なれ」。この言葉は作曲家の幼少時代にも当てはまる。
 19世紀前半、モーツァルトに肩を並べる神童が出現した。フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディだ。同じ天才少年でもこの2人、出来上がり方がずいぶん違う。モーツァルトは「習うより慣れろ」を地で行った。音楽家の父親によって何から何までお膳立てされた環境のもと、ほかの選択肢を考えずに才能を伸ばした。一方、メンデルスゾーンは「好きこそ物の上手なれ」を実践する。裕福な家庭に生まれ、哲学・文学・美術・実業などさまざまな選択肢を用意されながら、みずから音楽を選んだ。
 メンデルスゾーンは1809年、ハンブルクに生まれた。まもなくベルリンに移住。基礎教育は父親が、文学や芸術の基本は母親が受け持った。10歳になるころ、一般教養の教師としてハイゼがやってくる。彼は当時、最高の言語学者のひとりだった。ピアノの指導は母親からベルガーに引き継がれた。ベルガーもまた当代一の演奏家だ。音楽理論や作曲は、ベルリン音楽界の重鎮ツェルターが教えた。学校には行かず、もっぱら家庭で超一流の教育を授けられた。
 メンデルスゾーンは将来「何にでもなれる」はずの子どもだった。さまざまな選択肢が目の前にあったが、音楽を選んだ。9歳で演奏家デビュー、11歳で曲を書いた。最初の歌劇「兵士の恋」を作曲したのが1820年。そこから10代後半にかけてメンデルスゾーンは、シンフォニアやいくつかの協奏曲など、さまざまなジャンルに作品を残しつつ、たいへんな速さで成長していく。
 とにかく音楽が好きなのだ。10代のころ、60歳年上の文学者ゲーテのもとに足しげく通った。ゲーテベートーヴェンの音楽に無関心を決め込んだが、メンデルスゾーンは老大家に対してベートーヴェンの魅力を切々と訴える。大好きな音楽の話なら、たとえ大先輩に対しても物怖じせずにすることができた。
 青年メンデルスゾーンはこのゲーテをはじめとして、J・パウルやシュレーゲルの著作に大きな影響を受けた。シュレーゲルはシェイクスピアの独語翻訳で有名だ。メンデルスゾーンは1826年、17歳にしてシェイクスピアの戯曲をもとにした序曲「夏の夜の夢」作品21を作曲する。こうして幼年期から青年期にかけての神童時代を総括する作品が生まれた。古典的な装い、ときに大胆なハーモニー感覚、手の込んだ作曲技法、ロマン主義的な題材。壮年期のメンデルスゾーンを特徴付ける要素は、もう出そろっている。
 「好きこそ物の上手なれ」。恵まれた環境にいたとはいえ、音楽家メンデルスゾーンを作り上げたのは結局のところ、この「好きな気持ち」に他ならない。才能、環境、音楽への憧れ。3つの歯車がぴったりとあって、19世紀の神童はその才能を羽ばたかせた。

写真:ライプツィヒ・トーマス教会西側に立つメンデルスゾーン


【CD】
劇付随音楽《夏の夜の夢》◇ダウスゴー(指揮), スウェーデン室内管弦楽団
ピアノと弦楽のための協奏曲 ほか◇ベズイデンホウト, フライブルク・バロック・オーケストラ
オラトリオ《パウルス》◇ヘレヴェッヘ(指揮), コレギウム・ヴォカーレ・ヘントほか


初出:モーストリー・クラシック 2017年10月号



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