20世紀の「運命交響曲」演奏史

 交響曲の代名詞、ベートーヴェンの第5番「運命」。初演当時、多くの聴衆がこの作品をすぐには理解できなかった。理由はいくつかある。聴き手はたった4音の動機と、それがしつこく使い続けられることに驚いた。50小節に及ぶティンパニの同音連打の後におとずれる第4楽章冒頭の響きにも、耳を疑った。当時は教会音楽か劇音楽でしか使われなかったトロンボーンが、高らかに響いたからだ。
 とりわけ第3楽章掉尾のティンパニ連打と、第4楽章冒頭のトロンボーン導入のふたつは、「運命」の音楽的なクライマックス。この部分にこそ「運命」解釈のエッセンスが表れ出る。そこでこの2点に注目しながら、14組の演奏を比較しよう。
 フルトヴェングラーベルリン・フィルとの1926年の演奏で、第3楽章のティンパニを四股を踏むように叩かせ、地鳴りのようなコントラバスによってリズムを強調した。50小節の同音連打を打楽器的に処理しているわけだ。第4楽章の冒頭ではトロンボーンをはっきりと鳴らす。同楽章の速さは2分音符=毎分66。ベートーヴェン自身の速度指定は毎分84だからとても遅い。楽章内での速度変化も激しい。一方、1947年の同コンビも、第3楽章の打楽器ティンパニと地鳴りコントラバスは1926年と同様。ただし第4楽章では、引き続きティンパニの“四股”打ちで打楽器の連続性を強調する。金管群はトロンボーンよりトランペットのほうが優位だ。速度は毎分84で作曲家の指示通り。やはり速度変化が激しい。
 1939年のトスカニーニNBC交響楽団は、第3楽章でオルガンの保続音のようにティンパニを響かせ、第4楽章ではトロンボーンを強調する。速度は毎分80だが、楽章内の速度変化の幅は大きい。こうした激しい速度変化も、1959年のワルターとコロンビア交響楽団以降、影をひそめる。このコンビは第3楽章のティンパニをわずかに打楽器的に処理し、第4楽章ではトロンボーンを強調する。速度は毎分84。
 1962年のカラヤンベルリン・フィルは、少し打楽器気味のティンパニと、地鳴りコントラバスのリズム強調とを組み合わせる。第4楽章冒頭の速度は毎分80で、響きはトランペット寄り。チェリビダッケスウェーデン放送響の演奏は1967年。第3楽章のティンパニをオルガン保続音と打楽器との中間ほどに整え、コントラバスでリズムを補強する。第4楽章ではトランペットの華やかさを突き抜けて、トロンボーンの神々しさが前に出る。速度は毎分76で少し遅い。クライバーは1974年のウィーン・フィルとの演奏で、第3楽章のティンパニをオルガンの保続音のように、第4楽章の金管トロンボーンがちに鳴らす。速度は毎分80。同じウィーン・フィルを1977年にベームが振る。第3楽章のティンパニはほぼ保続音、わずかに打楽器的。第4楽章冒頭はクライバーと同じく毎分80で、トロンボーンがよく響く。
 ブリュッヘン18世紀オーケストラの演奏は、作曲当時の楽器と演奏法とに裏付けられたもの。第3楽章のティンパニはオルガン保続音に少し打楽器感を加える。それを、コントラバスのリズム強調が薄く支える。第4楽章冒頭の金管群はピリオド楽器らしく、サウンドの一体性がこれまでの演奏にない次元。その響きの土台をトロンボーンがしっかりと支える。同楽章の速度は毎分92でとても速い。同じくピリオド演奏のガーディナーとオルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティック。1994年の演奏では、第3楽章のティンパニをオルガン保続音寄りにして、そこに打楽器感を少し足す。第4楽章は毎分88で、ブリュッヘン同様、金管群の響きの一体感が身上。こちらもトロンボーンが土台となる。ティンパニの“四股”打ちも耳に残る。
 1999年にブロムシュテットは、ゲヴァントハウス管弦楽団との演奏で、第3楽章のティンパニをオルガン保続音風とし、リズムはコントラバスで強調。第4楽章を快速の毎分88で飛ばし、一体感のある金管サウンドの中、トロンボーンをおおらかに響かせる。ラトルとウィーン・フィルの演奏は2001年。第3楽章のティンパニをオルガン保続音のように鳴らし、第4楽章はトロンボーンを強調する。速度は毎分92。
 2007年にインマゼールピリオド楽器の楽団アニマ・エテルナとの演奏で、第3楽章のティンパニを打楽器的に叩かせ、第4楽章ではトロンボーンを豊かに響かせた。速度は毎分84。ピリオド系の指揮者アントニーニは2008年、バーゼル室内管弦楽団と共演。第3楽章のティンパニをオルガン保続音風とし、コントラバスでリズムを強調。第4楽章はトロンボーンサウンドの土台にする。これら14の演奏は、以下の5種類に分類することができる。
(A)打楽器 - トランペット型(フルトヴェングラー1947, カラヤン1962)
(B)打楽器 - トロンボーン型(フルトヴェングラー1926, チェリビダッケ1967, ベーム1977, インマゼール2007)
(C)保続音 - トロンボーン型(トスカニーニ1939, クライバー1974, ラトル2001)
(D)中間的 - トロンボーン型(ワルター1959, アントニーニ2008)
(E)保続音 - 金管群一体感型(ブリュッヘン1990, ガーディナー1994, ブロムシュテット1999)
 楽譜に忠実な(C)保続音 - トロンボーン型が標準で、(D)と(E)はそのヴァリアント。ティンパニの同音連打を打楽器的に扱うのは指揮者の個性。トランペット型は、第4楽章にトロンボーンを使った作曲家の意図をあまり重要視していない。興味深いのは、解釈の点で演奏時期の新と旧、モダン演奏とピリオド演奏とが入り乱れていること。「運命」は20世紀の前半から21世紀の初めにかけて、このように複雑に絡み合う演奏史を織り出してきた。傑作の傑作たるゆえんは、こうした多様な解釈を引き出す豊饒さにある。


【CD】

(A)タイプ:フルトヴェングラー1947
(B)タイプ:チェリビダッケ1967
(B)タイプ:インマゼール2007
(C)タイプ:クライバー1974
(D)タイプ:アントニーニ2008
(E)タイプ:ブリュッヘン1990


初出:モーストリー・クラシック 2018年4月号





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