ブラームスの管弦楽小品

 画家の個展に行く。代表作が正面の壁に掛かっている。周囲のスペースには、その絵画につながる習作群も展示される。作家によってはその習作が、完成度の高い一作品となっている場合もある。技法の試験場としての役割と、個別作品としての品質とが両立しているのだ。ブラームス管弦楽小品もまた、そんな両面を兼ね備える。
 ブラームスは1869年、《ハンガリー舞曲集》第1集と第2集を出版した。これはピアノ連弾のための曲集で、スラヴ趣味の高じた当時の西欧の音楽愛好家に、熱狂的に受け入れられた。そのうち第1・3・10曲を、ブラームス自身が管弦楽用に編曲した。
 ブラームスは既存の旋律素材をもとにして各舞曲を書いた。そのため出版後すぐ、盗用疑惑をかけられる。この曲集を元のメロディーの「編曲集」であると言い張ることで彼は、この件を切り抜けた。社会的な問題はさておき、この既存の素材を利用する手法は、ブラームスの以後の管弦楽創作でも大きな役割を果たす。
 《ハイドンの主題による変奏曲》は1873年の作品。先に2台のピアノのために同曲を作曲し、のちに管弦楽用を完成させた。「ハイドンの主題」と呼ばれているのは古い教会讃美歌の旋律だ。伝ハイドン(実際はプレイエルか)の作品に引用されている。それをさらにブラームスが、変奏曲の主題として扱った。この作曲を通してブラームスは、さまざまな技法の練度を徐々に高めていった。
 1880年の《大学祝典序曲》と《悲劇的序曲》とは対をなす2曲で、対照的な性格を持った“兄弟”と言ってよい。ブラームスは1879年、ブレスラウ大学から名誉学位を授かった。その答礼作品が《大学祝典序曲》だ。ブラームスは4曲の学生歌を引用し、溌剌とした楽想で全体をうめる。打楽器の活躍も特徴的。トライアングルの使用は《ハイドン変奏曲》に続く工夫だ。
 一方、《悲劇的序曲》の作曲目的ははっきりしない。しかし、この作品が《大学祝典序曲》と対をなすことは、ブラームスの手紙からもわかる。主題を緊密に関連させていく手法はベートーヴェン譲り。それが劇的な性格を強める。
 既存作品の引用、それをもとに綴る変奏、その移り変わりを描く管弦楽法、密度の濃い主題労作とそれがもたらす劇的な効果。管弦楽小品で培われたこれらの手法をブラームスは、《交響曲第4番》(1885年完成)に結実させる。この作品ではトライアングルの使用といった細部から、緊密な主題労作、バッハ作品の引用、変奏曲・シャコンヌの採用といった大きな枠組みにいたるまで、管弦楽小品で試した手法が大いに利用されている。
 《交響曲第4番》はブラームスの後期を代表する1曲だ。この作品の“周囲の壁”には、さまざまな管弦楽小品が“掛けられている”。習作と呼ぶには優れすぎているそれらを鑑賞しながら、一方でそれらの中に、代表作につながるさまざまな印を確認するのも、ブラームスを聴く楽しみのひとつである。


【CD】

《ハンガリー舞曲》ノイマン&ゲヴァントハウス管
《ハイドン変奏曲》ダウスゴー&スウェーデン室内管
《大学祝典序曲》《悲劇的序曲》ヤルヴィ&ドイツ室内管
《交響曲第4番》カーディナー&レヴォリューショネル


初出:モーストリー・クラシック 2018年3月号





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