17・18世紀音楽の演奏小史(第2回 / 全3回)

 (承前)ひとつは、知られざる古い楽曲が、固定化されたレパートリーに新風を吹き込むこと。イタリアのイ・ムジチ合奏団は1955年、ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」をモノラル録音で発表した。その4年後には同曲をステレオで音盤化。このレコードの大ヒットにより、合奏団と楽曲「四季」の人気は不動のものとなる。もちろんこの“人気の爆発”の前に、“導火線”には火が点いていた。アメリカでは第二次世界大戦前から小さなレコード会社が乱立していた。彼らは“知られざる名曲”を無名の音楽家を使って録音することで経費を圧縮し、有名曲を有名音楽家の演奏で発売する大手会社との競争に打って出た。こうして点いたバロック音楽の火がやがて、“イ・ムジチの四季”という爆発を起こした。
 ふたつめは、知られざる古い楽器が、凝り固まったサウンドに新味を加えること。イギリスの音楽家ドルメッチは1889年、古楽器であるヴィオラ・ダモーレをヴィオラと勘違いして買い求めた。彼は好奇心からこの楽器を研究・復元し、練習を始める。これを嚆矢として、近現代の古楽器復興が始まった。第二次大戦前からの静かなバロック音楽ブームは一方で、バロック音楽をモダン楽器で演奏することへの疑問も育んだ。 “イ・ムジチの四季”は古楽器復興の起爆剤にもなったのだ。チェンバロ奏者レオンハルトのデビューが1950年。おなじころ楽器製作者のスコヴロネックが、18世紀のオリジナル・チェンバロを研究し、そのレプリカ製作にはげんでいた。レオンハルトは1962年、スコヴロネックの作った二段鍵盤のチェンバロを手に入れた。これは1745年にアントワープのドゥルケンが製作した楽器を正確に写したもの。名奏者と名楽器、この両者の出会いが、バロック音楽古楽器で演奏する20世紀後半以降の潮流を決定づけたと言ってよい。
 レオンハルトが聴衆におもねるような真似を一切、拒否していた一方で、マンロウはそのショーマンシップによって、バロック以前の音楽と聴き手との距離を縮めることに成功した。マンロウは1967年、ロンドン古楽コンソートを設立、さまざまな管弦打楽器を復元し、たいへんな手腕でそれらを操って見せた。それにより、古楽器と名人芸(ヴィルトゥオージシティ)とが両立することを世界に示した。


【CD】
イ・ムジチ「四季」(1959年版)
レオンハルト
マンロウ


初出:モーストリー・クラシック 2018年2月号





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