バーデン・バーデン・ペンテコステ音楽祭 2017

 欧州に初夏を告げる聖霊降臨祭。このキリスト教の祭日を境にヨーロッパは、1年でもっとも爽やかな季節となる。それに合わせて各地で盛んに行われるのが音楽祭。ドイツ南西部の温泉町バーデン・バーデンでも、豪華なメンバーによるペンテコステ音楽祭が催された。
 バーデン・バーデンの祝祭劇場は、昔の鉄道駅舎を改装して造られた演奏会場。チケット窓口も当時の乗車券売り場をそのまま利用するなど、レトロな雰囲気を残す。内部は現代的な大ホールで、2500人の聴衆を収容できる。そんな劇場をおもな会場に、“バーデン・バーデン ペンテコステ音楽祭”は行われる。2017年は6月1日から5日までの5日間、8つの公演で音楽ファンの耳を楽しませた。
 ヤノフスキー指揮、NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団によるワーグナーのオペラ「ラインの黄金」や、ニケ指揮、ル・コンセール・スピリチュエルによるヘンデルの「水上の音楽」「花火の音楽」、ソプラノのダムラウによるオペラ・アリアの夕べなど、賑やかな舞台が話題を呼ぶ。一方、室内楽の演奏会にも優れた音楽家が出演。そのうちアンドラーシュ・シフのリサイタルと、ダニール・トリフォノフ室内楽コンサートは、2人のピアニストの腕が冴えるすばらしい夜だった。

 シフはリサイタルの前半に、バッハとバルトークの作品を組み合わせて演奏。後半にはヤナーチェクシューマンを並べる。折々にピアニスト自身の解説のある豪華なコンサートだ。トーク内容も興味深いが、なにより演奏の説得力が図抜けている。たとえばバッハの「愛する兄の旅立ちに寄せて」。6つの楽章からなるこの作品は、バッハが兄の就職に際して書いた音楽。それぞれの楽章に標題がつき、さまざまな情景や心情を描写する。その6つの楽章をシフは、まるで6つの異なる楽器で弾くかのように響かせた。それはチェンバロかもしれないしヴァイオリンかもしれないしオーボエかもしれない。それぞれの楽章の性格にぴたりと寄り添う音色が、1台のピアノから聞こえてくる。
 今回、ヴァイオリニストのアンネ=ゾフィ・ムターの相棒として出演したトリフォノフも、室内楽で大きな成果を上げた。とくにシューベルトピアノ五重奏曲「鱒」は聴きものだった。音域によって音色が違うのは当たり前。それを弦楽器の各パートの個性と対応させていく。ピアノの“子音”もヴァラエティーに富んでいる。たとえば同じ上行音階の繰り返しでも、そのたびごとに言い回しが異なるのだ。アンサンブルの中心にトリフォノフがいるのは明らかだった。
 2人のピアニストの“凄味”の利いた演奏に、くつろいだ気分で接することができるのは、音楽祭の効果だろう。ベテランと若手の競演によって、初夏の爽やかさがいっそう大きく感じられた。
 

写真上:バーデン・バーデン祝祭劇場のチケット売り場
写真下:拍手に応えるシフ(2017年6月1日, バーデン・バーデン祝祭劇場)


初出:月刊ピアノ 2017年8月号





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