21世紀の "バッハ新発見" 中間まとめ

 バッハは生涯にいくつ曲を書いたか。この質問ににわかに答えることはできない。現在、残されている曲はあくまでも「残されている」ものであって、これまでに失われてしまった作品も多い。一方、残されてはいるがまだ発見されていない楽曲もあるかもしれない。
 こんな例を考えてみよう。古い手書き楽譜が見つかる。表紙にはJ・S・バッハの名前が記されている。そんなとき、この楽譜が本物か偽物かをどうやって判断するのだろうか。実は犯罪捜査並みの科学的調査が行われる。筆跡鑑定。バッハ本人を始め、バッハの楽譜の写しを作る役目を果たした人々の筆跡はデータとして蓄積されている。紙の透かし鑑定。当時の手漉きの紙には、製造所や製造年を示す透かし文様が入っている。五線鑑定。当時は印刷された五線紙があったわけではなく、楽譜を書く人間が自ら、熊手のような形をしたペン先を使って五線を引いていた。このペン先の大きさによって五線の幅は違ってくる。それぞれの調査結果が、蓄積されたデータと一致しなければ、偽物の確率が高まる。その他、曲のスタイルや楽譜の伝来などを考慮して真偽が判定される。こうした光る「捜査の目」によって、バッハ関連の新発見は21世紀になってからも続いている。


バッハの声楽曲がヴァイマルで見つかる!

 2005年、バッハの声楽曲が、ドイツ中部ヴァイマルアンナ・アマリア図書館で発見された。見つかったのは、リトルネロ(反復される器楽伴奏)付き有節歌曲《すべては神とともに》BWV1127。自筆譜には1713年10月の日付があり、バッハの雇い主ヴィルヘルム・エルンスト公の52歳の誕生日を祝って作曲されたことが分かる。歌詞は12節あり、信心深かった公のモットー「すべては神とともに」で始まる。神学者ヨハン・アントン・ミリウスの作詞したものだ。当時バッハは、ヴァイマル宮廷楽師兼オルガニストだった。


バッハが筆写した楽譜、またヴァイマルで発見!

 2006年、バッハが青年期に作成した筆写譜が、ドイツ中部ヴァイマルアンナ・アマリア図書館で発見された。これは、バッハがブクステフーデとラインケンのオルガン曲を写した楽譜で、両曲ともコラール・ファンタジー。コラール・ファンタジーとは、簡単な讃美歌の旋律を装飾的に扱うオルガン用編曲の一種で、17世紀中頃から北ドイツで発展したジャンルだ。ラインケンの作品を写した楽譜からは、バッハが筆写譜を1700年に作成したことや、ベームの監督下で筆写を行ったことなどが分かる。リューネブルクオルガニストベームとの「師弟関係」を直接示す証拠が発見されたのはこれが初めて。同時に発見された手稿譜はバッハの弟子、シューバルトがコラール・ファンタジー2曲を写したもの。この2曲は、ヨハン・パッヘルベルの未知の作品であることが判明した。パッヘルベルの楽曲とシューバルトの筆写譜の間には、師であるバッハの失われた筆写譜が介在した可能性が高いと指摘されている。


バッハの真作、ドイツ中部のハレ大学で発見!

 2008年、ドイツ中部のハレ大学で、バッハの作品が発見された。旧『バッハ全集』の指導的校訂者ヴィルヘルム・ルストの遺品から見つかったもので、曲はコラール・ファンタジー《主なる神、我らの側(かたえ)にいまさずして》BWV1128。この曲はこれまで、はじめの5小節だけが伝えられており、『バッハ作品目録』の「真正性については疑わしい諸作品」の部に分類されている。楽譜はルストが筆写したもので、バッハ作との表書きがある。曲のスタイルは北ドイツ・オルガン楽派の影響を受けたもので、バッハの真作と言ってよいとのこと。作曲年代は1705〜10年ごろと考えられる。


バッハの手稿譜がヴァイセンフェルスで見つかる

 中部ドイツ・ライプツィヒにあるバッハ研究の中心機関、バッハ・アルヒーフ。同所の研究員ペーター・ヴォルニー博士は2013年4月、中部ドイツ・ヴァイセンフェルスのシュッツ・ハウスで、これまで知られていなかったヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)の手稿譜を発見した。これは1740年頃、バッハがイタリアの作曲家フランチェスコ・ガスパリーニ(1661-1727)の《ミサ・カノニカ》を筆写したもの。
 この資料はバッハがいわゆる「古様式(ルネサンス期のスタイル)」に取り組んだことを示している。そこからバッハが、その晩年にも自らの作曲様式に新しい方向づけをしようとしたことがわかる
 デュッセルドルフゲルダ・ヘンケル財団の助成によりバッハ・アルヒーフが2012年にスタートさせた研究プロジェクト「バッハのトーマス合唱団」を進める中での発見となった。


写真上:バッハの自筆譜《すべては神とともに》BWV1127 (C) Bach-Archiv Leipzig ▼中上:バッハの書いた筆写譜 ブクステフーデ《さあともに喜べ、愛するキリストの徒よ》 (C) Bach-Archiv Leipzig ▼中下:バッハ《主なる神、我らの側(かたえ)にいまさずして》BWV1128 の筆写譜 (C) Universitaets- und Landesbibliothek Halle ▼下:バッハの書いた筆写譜 ガスパリーニ《ミサ・カノニカ》(C) Bach-Archiv Leipzig/Heinrich-Schütz-Haus Weißenfels


【楽譜 / CD】
BWV1127の楽譜BWV1128のCD



.