「交響曲で我慢」から「交響曲最高!」へ ― ハイドンの《朝》《昼》《夕》

交響曲で我慢」

 交響曲の起源と発展についてはこれまで、いろいろとかまびすしく議論されてきた。その多くは、スタイルや形式の類似性から「前交響曲」と言えるジャンルを洗い出し、その作者たちにスポットを当てる、といった手順を取った。そういった研究は貴重で、聴き手に新たな「耳」、新たな「思考回路」を与えてくれる。しかし、そういった研究をいくら重ねても、当時、交響曲を聴いた人々にとって当の交響曲がどういった意義を持っていたか、という点は明らかにならない。これには別建ての研究が必要になる。
 交響曲は18世紀、ドイツ語圏を中心に広がりと厚みを増していった。なぜ、ドイツ語圏なのか。始めに確認したいのは、交響曲が流行の産物だということ。ただしそれは、交響曲そのものの流行ではなく、17世紀に始まるオペラの流行を指す。オペラはイタリア発の最新音楽。ヨーロッパの宮廷はオペラを宮廷で上演することを、自分たちの権勢を示す目印とした。というのもオペラを上演するには、たくさんの歌手と楽器奏者、豪華な美術や衣装、そして劇場が必要だったからだ。オペラは当時の王侯貴族にとってこの上ないステータス・シンボルだった。
 だからといって皆が皆、オペラを手中に収められたわけではない。大貴族は別として、大方の中小宮廷にオペラ劇場を持つ余裕はない。しかし、楽団だけなら何とかなる。中小宮廷にはオーケストラだけが先行して導入された。こうした中小宮廷は、中央集権君主のいないドイツ語圏に多く存在していた。
 こうした宮廷楽団が演奏するのはもちろん器楽曲。たとえば、合奏協奏曲は宮廷にとって都合の良い演目のひとつだった。少数の専門音楽家と、普段は宮廷で他の仕事をする多数のアマチュア奏者とが楽団を構成しているので、ソロと総奏とが交代しつつ進行するスタイルの合奏協奏曲は格好のレパートリーだ。それが極まれば、ひとりのスター演奏家にスポットライトを当てるソロ協奏曲にも目が向いていく。
 始めのうちはイタリアからの輸入曲を演奏していたが、そのうち自家生産を行うようになる。すなわち、宮廷内の音楽家が曲を作る。その方が安上がりだからだ。やがて、高給の専門家やスター演奏家を必要としないジャンル -- 交響曲が自家生産されるようになる。このように交響曲は、オペラを我慢するための代用品であり、宮廷の経費削減が生み出した窮余のレパートリーだった。


交響曲最高!」

 ハイドン交響曲第6番《朝》、第7番《昼》、第8番《夕》の三部作も、そういった文脈の中で生まれてきた。ハイドンは1761年5月、ハンガリーの大貴族エステルハージ侯爵家の副楽長に就任した。副楽長というのは楽団における器楽曲の責任者。教会音楽や劇音楽の責任は楽長が負う。交響曲は副楽長ハイドンの管轄だ。ディースが1810年に出版したハイドンの伝記によれば、エステルハージ侯がハイドンに、朝昼夕を題材にして曲を書くよう指示したとのこと。この3曲が三部作であることが分かる。第7番《昼》の自筆譜には「1761年」と書かれていることから、この3曲が同年の副楽長就任記念作品だった可能性もうかがえる。
 オペラに代わる楽しみ、副楽長として責任を負う分野、就任記念の三部作と、ハイドンにとって創作意欲を充分に刺激するポイントの揃ったこの3曲。そこに施された工夫はなかなか興味深い。「朝・昼・夕」という各曲のタイトルはもちろんのこと、楽章レヴェルにも標題性が顔を出すところもそのひとつ。第8番《夕》の終楽章には「嵐」とタイトルがつけられている。ここでは音による自然描写が繰り広げられる。のちの劇音楽創作につながっていくような音画技法だ。こういう形でハイドンは、オペラなどが持つ劇的な性格を交響曲に取り入れている。
 交響曲のオペラ化と言えばもうひとつ、第7番《昼》の「レチタティーヴォ」も注目点。大規模な声楽曲でストーリーを進め、アリアとアリアとをつなぐ役目の朗唱・レチタティーヴォを、独奏ヴァイオリンで模倣した。つづくト長調アダージョに向け、緊張感を高めるのに一役買っている。
 興味深いのは、3曲が独奏楽器の名人芸に彩られた交響曲であること。その意味では、合奏協奏曲や協奏交響曲とも通じる。フルートやヴァイオリン、チェロなどの活躍は聴き逃せないところだ。ここから、当時のエステルハージ宮廷楽団には当該楽器の名人が揃っていたことが分かる。また、副楽長就任に際してハイドンが、それら名人に活躍の場を与えることで、楽団の人心掌握を試みていたことなどもうかがい知れる。
 これらの工夫には、交響曲を「オペラの代用品」から「傾聴に値するジャンル」へと昇華させようとするハイドンの意図がよくあらわれている。以後、30年以上に渡って繰り広げられるハイドン交響曲創作の基本姿勢は、すでにこの三部作に刻印されている。


【CD】
ハイドン 交響曲《朝》《昼》《夕》▼シギスヴァルト・クイケン(指揮), ラ・プティット・バンド(管弦楽)



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