音盤比較 モーツァルト《交響曲第40番ト短調》K.550

 モーツァルト交響曲の中で、この作品ほどたくさんの論評を喚起したものはない」(ニール・ザスラウ)
 《ト短調交響曲》はいつの時代も「モーツァルト論」や「モーツァルト演奏」の中心課題だった。この作品は1788年の夏、他の2曲、つまり変ホ長調ハ長調交響曲とともに書き上げられた。かつてはモーツァルトの芸術的欲求から作られたとされたが、最近では「ロンドンへの演奏旅行のため」「ウィーンでの演奏会のため」「楽譜出版のため」といった仮説が唱えられ、とりわけ楽譜出版説の説得力が高い。
 3曲は作曲者の生前には演奏されなかった、とする考え方も修正を迫られている。というのも《ト短調交響曲》に複数の稿が残されているからだ。第1稿A(オーボエ稿、クラリネットなし)、第2稿(第1稿にクラリネットを加えオーボエ声部を手直ししたもの)、第1稿B(Aのアンダンテ楽章を手直ししたもの)の3つである。モーツァルトは、作品を舞台に掛け、修正の必要が生じたときしか改訂を行わない。だから《ト短調交響曲》はまず間違いなく演奏された。
 さて、この《ト短調》を次の二者で聴き比べたい。カール・ベーム指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と、ニコラウス・アーノンクール指揮のコンセルトヘボウ管弦楽団だ。両者の目指すところは対照的で、ベームは横方向への旋律線の流れ、アーノンクールは縦方向の響きの広がりを重視している。また曲の「駆動装置」も好対照。たとえば第1楽章では、前者は16分音符のノコギリ音形を、後者は高速テンポを推進力として使う。結果としてベームは、同時に流れる声部同士を対比させ、アーノンクールは瞬間瞬間の響き同士を対比させている。
 こうした両者の違いは、先述の稿の選択にも表れている。ベームは第1稿Aを選択。弦楽器を主体にして流れを作り出す。一方のアーノンクールは第2稿。クラリネットを加えた管楽器群が、音色や音量にくっきりとコントラストを付けていく。ふたりの指揮者が、自らの音楽観に従って楽譜を選んでいる様子がよく分かる。
 ベームの方向から《ト短調交響曲》を位置付ければ、第1楽章の冒頭に代表される「歌うような旋律の流れ」が各所で強調される。強烈な表現を伴う第4楽章すらどこか優美に響くのは、そうした指揮者の考えが楽団にしみ込んでいるからだ。他方、アーノンクールは「コントラストの妙」を前面に押し出していく。音色や音量の急激な変化を利用して、彫り深くオーケストラを響かせる。大きい三拍子と小さい三拍子とが交錯する第3楽章。アーノンクールは輝度差のある響きによって、その「ギアチェンジ」を鮮やかに決めてみせた。
 非常に対照的な両者ながら、どちらも魅力的なモーツァルト像を提供していることには変わりがない。《ト短調交響曲》は「論評」だけでなく、「優れた演奏」を引き出す点でも並ぶものがないと言って過言ではないだろう。


【CD】
▼ベーム(指揮), ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(管弦楽)▼1975年
▼アーノンクール(指揮), コンセルトヘボウ管弦楽団(管弦楽)▼1983年


初出:モーストリー・クラシック 2014年4月号




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