トーマス・ルフ展(東京国立近代美術館)



 ドイツの写真家、トーマス・ルフの展覧会のため、竹橋の東京国立近代美術館へ。壁を埋める作品のうち、とりわけ興味をひかれたのが《ma.r.s.》(2010〜)と題されたシリーズ。NASAの火星探査機に積まれた高性能カメラで撮影した画像を、デジタル処理して作品に仕上げてある。火星の地表を高精細に切り取るが、これが人間の肌や植物の一部分を接写したものに見えてくるから面白い。「非常に遠距離にある巨大な無機物を撮影した」にもかかわらず「ごく身近にある有機物をミクロに接写した」ようだなんて、逆説的にもほどがある(褒めてる)。巨視と微視とは紙一重だ。
 さらに面白いのはシリーズの内のひとつ《3D_ma.r.s. 10, 2013》。火星表面のクレーターを写し出す一枚だ。その名の通り専用メガネをかけて立体視する。するとクレーターがくぼんで見える。この工夫自体はありふれているが、今のところ実際に目にすることが叶わない火星の風景を、脳内に浮かび上がらせるというコンセプトはよく理解できる。こうしたイリュージョンはアートの根本機能のひとつ。
 ふと思いついて、メガネの左右を逆にしてみた(俗に言うウルトラマン・メガネ)。すると、先ほどくぼんでいたところが山となって盛り上がる。「くぼんでいると観測されたところ」を「くぼんでいると見る」ことさえ、我々にとってはイリュージョンなのに、「くぼんでいるところ」に「山の盛り上がりを見る」とはイリュージョンのイリュージョン、「二重イリュージョン」だ。虚と実もまた紙一重である(せいぜいメガネを逆さにするくらいの違い)。シンプルで力強いコンセプト、単純な仕掛け、それをひと捻りしたときに生じる奥行きの深さ。この作品のアート上の底力を見た瞬間だった。
 展覧会においでの際は、ただメガネを正しく掛けるだけでなく、その左右を違えて作品を眺めてみるとよい。図録にもメガネが付いているので、この「遊び」ができる。おすすめ。

トーマス・ルフ展:http://thomasruff.jp/event/




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