トレヴァー・ピノックの「ロ短調ミサ」



 紀尾井シンフォニエッタ東京と同ホールの創立二十周年を記念し、特別演奏会が催された。古楽の名匠ピノックが指揮台に登り、バッハの大作「ロ短調ミサ曲」を披露した。
 典礼文の舞台化に物足りなさが残る。磔刑か復活か感謝か、どこに焦点が定まっているのか判然としない。指揮者がそれほど頓着していないということもあろう。より細かい視点で言えば、通奏低音陣が言葉の彫琢に寄与しなかったことに原因がある。発音の種類、つまり「子音」の数が少ないので、「第6の声」として歌を牽引することがない。通奏低音はテンポでも和声でも、緊張感の行き来を司る重要な仕事。それを遠慮していては、合うはずのピントも合わなくなってしまう。
 一方、サウンド面では大きな課題を克服した。器楽が声楽のパートを重複して演奏し、響きの下支えをする「コラパルテ」。現代楽器ではうまくいかないことが多い。音色や音量のバランスの悪さが、溶け合いの邪魔をするからだ。しかし当夜は、指揮者の経験値の高さによって、こうした困難はうまく避けられた。合唱(紀尾井バッハコーア)の精度の高い歌を基礎に、そこに器楽のサポートが利く。たとえば、込み入った対位法楽章では、どの声部にもソリッドな実体があり、それが織地をなしていくのが見える。
 堅実なリハーサルと、地道なコミュニケーションの賜物だろう。現代楽器の楽団と共演を重ねるピノックの、手際のよさが現れた一夜。(2015年7月10日〔金〕東京・紀尾井ホール


初出:モーストリー・クラシック 2015年10月号



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