キット・アームストロング ピアノリサイタル



 前半にバッハの「コラール前奏曲」数曲、自作の「BACH主題による変奏曲」、バッハの「パルティータ第6番」を、中入り後はリストの「超絶技巧練習曲集第10番」などを経て、バッハ(リスト編)の「幻想曲とフーガ」を弾くプログラム。
 緊張と緩和の彫り込みや、音色変化の振れ幅は大きくない。一方、弦楽器の弓の上げ下げを感じさせる音の出し入れや、旋律に鋏を入れて音楽に命を吹き込むアーティキュレーションは徹底している。そのおかげでバッハ作品では、通奏低音を担当する左手が、熟練のチェロ奏者の演奏を思わせる。単旋律からも複数の登場人物を引き出し、対話を描き出す能力は特筆ものだ。後半、リストの「メフィスト・ワルツ」でも、ジグの長短リズムを「弓遣い」鮮やかに刻むので、曲の推進力が最後まで衰えない。
 「子音」の手数が増えれば一層、音楽の対話が豊かになる。通り一遍の装飾音にも弾力が芽生えるはずだ。近年、まれにみるほど前途有望なピアニスト。(2015年3月5日 浜離宮朝日ホール

初出:音楽現代 2015年5月号


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