音盤比較 バッハ《ゴルトベルク変奏曲》


 鍵盤楽器奏者の実力を知りたいと思ったら《ゴルトベルク変奏曲》を聴くとよい。新旧さまざまな様式、手の交差などの多彩な技術、3変奏ずつ分節できる秩序だった構造。この曲は多様な解釈をゆるす一方、演奏技術の点ではかなりの熟練を要求する。演奏者の「頭」と「腕」をはかるのにこれほど適した作品はない。
 アリア―30の変奏―アリアという長大な造りのこの曲。明晰な設計図とは裏腹に、大きな構造を聴き取るのは難しい。しかし押さえるべき要点がないわけでもない。このたびはそこにポイントを絞って、いくつかの演奏を比較しよう。対象はグールド(ピアノ、1955年)レオンハルト(チェンバロ、1976年)コロリオフ(ピアノ、1999年)シュタイアー(チェンバロ、2009年)だ。
 注目したのは、「アリア」B「第13から第16変奏」C「第25から第30変奏(クォドリベット)」「アリア」をゆったりとした舞曲サラバンドと捉えるか、軽やかな小唄と捉えるかという選択。第13変奏から第15変奏までの流れと、後半の開始をつげる第16変奏(フランス風序曲)との連結。第25変奏から第29変奏までの技巧的・性格的な盛り上がりと、第30変奏(クォドリベット)の解釈。こうした視点から4者を聴き比べる。
 各楽章の性格を鮮やかに描くか淡白に描くかという軸で整理すると、鮮やかな方からグールド、シュタイアー、コロリオフ、レオンハルトの並びになる。予想に反してチェンバロとピアノとが交錯している。
 「アリア」はグールドとシュタイアーで小唄の趣、コロリオフとレオンハルトサラバンド風。さらに後二者では、装飾によって軽やかな楽想を目指すコロリオフに対して、レオンハルトはどっしりとした構えを崩さない。
 B「第13から第16変奏」、グールドは第13変奏を小唄、第14変奏を技巧的、第15変奏を沈潜、として対比的に進むが、レオンハルトは第13変奏・第14変奏を落ち着いた筆致で描き、第15変奏でも短調の情感に沈み込まない。シュタイアーは楽器の機構を利用して第13〜16変奏の音色を交互にはっきりと変え、対比を強調する。16フィートの超低音が効果的。第13〜15変奏を短めのフレージングで軽やかに仕上げるコロリオフだが、第16変奏は粘りのある運び。フランス風序曲による後半の幕開けを強調する。
 C「第25から第30変奏(クォドリベット)」ではグールドが、速さと技巧性とで第25〜28変奏の対比を強調。第28変奏の軽やかさに対し第29変奏でフォルテの迫力を出し、第30変奏は元気一杯。シュタイアーは第25〜29変奏までを音色変化でヴィヴィッドに描く。第30変奏の前に一呼吸入れ、落ち着いたクォドリベット。変奏中もっとも重い音色を第25変奏に当てたコロリオフは、第26〜28変奏を軽やかに越え、第29変奏は堂々と。一方、第30変奏は小唄のようなクォドリベット。落ち着いた情緒で進むレオンハルトも第29変奏で活気づき、アタッカで第30変奏へ。クォドリベットを諧謔的に響かせる。


【CD】
グールド(ピアノ、1955年)
レオンハルト(チェンバロ、1976年)
コロリオフ(ピアノ、1999年)
シュタイアー(チェンバロ、2009年)


初出:モーストリー・クラシック 2013年9月号

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