行方不明のバッハ肖像画がアイゼナハで見つかった!



 ヨハン・ゼバスティアン・バッハの未知の肖像画が、中部ドイツ・アイゼナハで発見された。バッハには(1)間違いなく生前に描かれた肖像画が1点(と同作画家の手になる同構図のレプリカ1点)、(2)本人である可能性が高い生前の肖像画が2点、(3)それらをコピーしたものが多数、残されている。このたび見つかった新しい肖像画は、(2)のカテゴリーに属するもの。以下、所蔵元であるバッハハウス・アイゼナハの発表資料から情報をまとめてみよう。

【概略】

 新発見肖像画の作者も製作年代も不明。もともと大バッハの次男カール・フィリップエマヌエル・バッハの遺産に含まれていたもので、彼の死後、行方不明となった。
 1927/28年に実業家マンフレッド・ゴルケのコレクションに入る。ゴルケはシュレジエン地方のヒルシュベルク出身で、アイゼナハライプツィヒを経てマイニンゲンで生活を営んだ。20世紀はじめのバッハ愛好家の中で、もっとも充実した個人コレクションを持っていたのが、このゴルケだ。バッハの伝記作家フォルケルとつながりがあったと思われる曽祖父母から、コレクションを受け継いだ。1928年にはこのコレクションからBWV1021が発見されている。
 ゴルケはこの肖像画の製作年代を1730年頃と考えていた。バッハ学者のチャールズ・サンフォード・テリーは1936年、この肖像画をエマヌエルの遺産から行方不明になったものと鑑定。ケルンの音楽学者ゲオルク・キンスキーもその見解を支持した。同年、画面の修復が行われ(そのため「新しく見える」)、ベルリンの実業家ヴィンクラーに売却される。
 その後、行方がつかめなかったが、2013年12月15日、大バッハの生地である中部ドイツ・アイゼナハの博物館「バッハハウス・アイゼナハ」の所蔵品の中から見つかった。2014年3月13日にはベルリンの大聖堂で特別公開。同年5月からはバッハハウスで展示される予定。



【史料】

 カール・フィリップエマヌエル・バッハが、大バッハの伝記作家ヨハン・ニコラウス・フォルケルに送った1774年4月20日付けの手紙には「父の肖像画パステル画です。この絵は私の『音楽ギャラリー』にあります。これは私が趣味で集めた150人分の音楽家肖像画コレクションです。私はこの絵をベルリンからここハンブルクまで船で持ってきました。というのも乾燥した絵の具が、馬車の振動に耐えられないと思ったからです」との言葉が残る。
 1775年の1月13日付けの手紙でエマヌエルは、フォルケルに伝記の口絵について意見している。「あなたの持っている肖像画は不完全です。私のものは、あなたのものに図像がよく似ており、美しい上にオリジナルのパステル画です。」(←エマヌエルは肖像画をフォルケルに売りつけようとしていた?)
 これらの手紙は、エリアス・ゴットロープ・ハウスマンの描いたバッハ肖像画(1746年, ライプツィヒ市歴史博物館所蔵)の他に、バッハと同時代に描かれた他の肖像画があったことを示している。バッハハウス担当者は、当該肖像画の図像的特徴、つまり衣服、くぼんだ目、噛み合わせなどが「ハウスマン1746」とよく似ている、としている。


写真:(上)製作者不詳《ヨハン・ゼバスティアン・バッハオイルパステル, 製作年不詳, バッハハウス・アイゼナハ所蔵〔(C)Bachhaus Eisenach〕▼(下)エリアス・ゴットロープ・ハウスマン《ヨハン・ゼバスティアン・バッハ》油彩, 1746年, ライプツィヒ市歴史博物館所蔵




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