サックバットがつなぐ飲み屋と兵舎と教会堂―カンブルラン&読響の《第九》

2012年12月19日(水)読売日本交響楽団 第555回サントリーホール名曲シリーズ

 常任指揮者のシルヴァン・カンブルランが、満を持してベートーヴェンの「交響曲第9番」を振った。聴いたのは全6公演の初日。
 「第九」では、第3楽章までの交響曲が第4楽章の前半で否定され、それに代わり声楽・軍楽・教会音楽とその三者の融合体とが導入される。富裕層の慰みもの「交響曲」が否定され、「シラーの書いた飲み屋歌」「歩兵の行進曲」「御堂に響く聖歌」がひとつになる。つまり、ベートーヴェンの目指した社会が音楽上で実現しているというわけだ。
 カンブルランはその流れを、サックバット風の音色で彫琢してみせた。サックバットとはトロンボーンの前身で教会の楽器。第4楽章の第595小節以下では、聖歌に似た男声の単旋律唱をトロンボーンが同じ旋律で下支えする。カンブルランはこのトロンボーンをサックバット風、つまり派手さと音量を抑え、人声に近い音色に差配することで、擬似的に教会堂を出現させた。それにより前後の軍楽、すなわちピッコロとコントラファゴットの世俗性がいや増すというカラクリ。音楽の説得力が高いので、聖と俗とその両者に足場を持つ人間とが最終的に融合するというベートーヴェンの理想論にも鼻白まずに済む。
 さて、こうした指揮者の解釈に管弦楽、合唱、独唱陣が必ずしもついてこられたわけではない。初日の恨みが残る。だが、カンブルランの意図がはっきりと伝わってきた以上、当夜の演奏が佳演だったことは論をまたない。

初出:モーストリー・クラシック 2013年3月号



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