ハレ・ヘンデル音楽祭 2012(1)



 中部ドイツのハレはかつて、塩の交易で栄えた街。豪華な作りの教会や、贅を尽くした旧建築(19世紀以前の建造物)もさることながら、この街の魅力をひときわ高めているのがゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルだ。
 そんな偉大な音楽家を顕彰して、この街で毎年開かれるのがヘンデル音楽祭。ほぼ同じ時期、近くのライプツィヒではバッハ音楽祭が開催されているので、2つのバロック・イヴェントを掛け持ちするのも楽しい。
 ハレ・ヘンデル音楽祭を特徴付けるプログラム、それは一にも二にも「歌」だ。オペラ、オラトリオ、カンタータ。大規模なものからこじんまりとしたものまで、多彩な歌の競演が繰り広げられる。もちろん器楽の演奏会もあり、それもたいへん愉快だけれど、「歌の舞台の間奏曲」といった位置づけを抜け出ていない感あり。
 それはそれとして、声楽曲に力を入れるのは相手がヘンデルである以上、当然と言えば当然だ。劇場に生き、劇場に苦しみ、劇場に讃えられ、劇場に死んだヘンデルのこと、歌・歌・歌のプログラムはいっそ潔い。しかも、その演奏レヴェルが高く、チケット料金が安いと来れば、ハレに行かない手はない。たいへんな円高でもある。
 それで今年も、滞在地のライプツィヒからハレにいそいそと通う日々を送る。近郊線で30分ほど。ローカル線の旅も悪くない(時刻表注意!日本ほど密なダイヤではない)。今回のセレクトは《メサイア》で始まり《ジョシュア》で終える6公演。やはりすべて「歌」である。



6月1日(金)市場教会
オラトリオ《メサイア》HWV56
ジョン・バット指揮 ダニーデン・コンソート&プレイヤーズ
1741/42年のダブリン版の演奏。ロンドン版とはいろいろと異なるところがあって面白い。3週間で書き上げたというヘンデルの筆の勢いや、その裏返しとしての磨き残しも感じられて、それにも興味を引かれる。歌い手はみな達者。とりわけ、バスのマシュー・ブルックに拍手を。「The trumpet shall sound」はナチュラル・トランペット(指孔あり)の佳演とあいまって聴き応えあり。


6月2日(土)ヘンデル・ハウス
エキュメニカルな音楽家 --- ローマのルター派ヘンデル
ゲンマ・ベルタニョッリ(ソプラノ)/ボーゼン・バロック・オーケストラ
1706年から08年までをローマで過ごしたヘンデル。そのころに彼が書いた宗教声楽曲と、同地で活躍したスカルラッティ親子、コレッリの器楽曲とを交互に配置。ローマ素材の「挟み漬け」を存分に堪能。2001年にマルクスが発見した《グローリア》も舞台にかかり愉快。ベルタニョッリは、イタリアの普通のおばちゃん臭ぷんぷんながら、いざ歌ってみると音も外さないし超絶技巧びしばし。美声とは言い難いが、今回のように狭い空間で室内楽をバックに言葉の運びが重要な曲を演奏する場面では、存分に力を発揮する。


6月2日(土)ヘンデル・ホール
《インドの王ポーロ》HWV28(コンサート形式)
エンリコ・オノフリ指揮 バーゼル室内管弦楽団(ピリオド編成)
ヘンデル新全集の当該巻刊行に合わせて行う「新全集初演」。ジョヴァンニ・アントニーニらと競演を重ねるバーゼルをオノフリが率いて、ヘンデルのオペラに挑む。なにより素晴らしいのは、バーゼルの連中が楽器で「イタリア語」を話していること。間の取り方、子音/母音の作り方が、ドイツ作品のときとはずいぶん違う。アントニーニ=オノフリのラインはバーゼルに良い仕事を施した。歌い手ではソニア・プリーナが特段の活躍。ヘンデル歌いとして地歩を固めつつあるようだ。


6月3日(日)と6日(水)の様子は次回、お伝えします。少しだけ紹介すると、ヴェッセリーナ・カサロヴァが素晴らしくて涙が出る、といったところ。


写真:ハレ・市場教会とヘンデル像/《メサイア》公演(於 市場教会)