フライブルク・バロック・オーケストラのバッハ≪管弦楽組曲≫



 わたくしの職業上の秘密をひとつ披露いたしましょう。それは「舞曲演奏の出来不出来を知りたかったらジグを聴け!」というもの。10年欧州に通って古楽を聴いてきた結果、自然と身に付いた「判定法」です。
 「ジグ」は複合3拍子の速い舞曲。「短短短,短短短」という基本リズムの元、転がるように進んでいくのが特徴です。すぐれた演奏家はこの「ジグ」の基本リズムから、つぎの3つの応用リズムを導きだします。すなわち「長短,長短」「短長,短長」「長―,長―」です。これらの応用リズムをきちんと導き出せるかというのがまず大切なところ。
 つぎに技術の面からいえば「長短,長短」「短長,短長」をきちんと処理できているか、という点。というのも、これらのリズムはなかなか難しく、「長」をしっかりと保たないとどんどん速くなってしまう(走ってしまう)のです。音楽的地力が試されます。また「長短」「短長」がきちんと決まるからこそ「長―」のロングトーンが生きてきます。
 これらの条件がそろうと、リズムの色合いは変化しつつも推進力はそがれない、という理想的なジグに仕上がるのです。そして、そんなジグが実現できる音楽家は、他の舞曲でも解釈を誤ることはありません。
 以上の判定基準から言って、1月14日(土)に三鷹芸術文化センター行われたフライブルクバロック・オーケストラ(FBO)の公演は申し分のないものでした。≪管弦楽組曲第3番ニ長調≫BWV1068の「ジグ」はまさに理想的な疾走感。もちろんリズム処理が完璧だからです。
 リズム処理の巧みさは自然な「ヘミオラ」としても現れてきます。「ヘミオラ」とは、3拍子系の楽句の終止に現れる変拍子。| 123 | 123 | 1… を | 12 | 31 | 23 | 1… と処理します。活気あるヘミオラには歌舞伎の見栄が決まったときのようなカタルシスが感じられます。この日の演奏で言えば≪第2番ロ短調≫BWV1067の「サラバンド」。ゆったりとした3拍子のこの舞曲では、ヘミオラがどうしてもあいまいになりがちです。FBOの演奏はそんな難しいところでも、ヘミオラのリズムをきっちりと決めてきますが、その手つきにわざとらしいところは少しもなく、ダンスのステップが自然に収まっていくかのようです。
 また「コラ・パルテ」も18世紀音楽を聴くにあたって着目したい点のひとつです。「コラ・パルテ」とは別々のパートが重複した旋律を演奏して音量を強化し音色に変化を与えること。たとえば≪第1番ハ長調≫BWV1066の「序曲」では、ヴァイオリン声部とオーボエ声部とが同じ旋律を演奏します。このとき「コラ・パルテ」のバランスが良いと、ヴァイオリンでもオーボエでもない音色が聴こえてくるのです。「これこそバロックの音だ!」とわたくしが思っているもののひとつです。もちろんFBOはこの点にも抜かりがなく、安心して古楽の音に身を任せられます。
 そんなバランス感覚は「ガヴォット」でも活きました。2本のオーボエファゴットによるガヴォット・トリオ部では、弦楽が分散和音でホルンの模倣をします。管楽器の主旋律を殺さずに「遠ざかってはまた近づいてくるホルンの様子」を表現できるのは、FBOがきわめて鋭敏なバランス感覚を持っているからです。
 余談ですが、この日のチェンバロはブルース・ケネディ製作のジャーマン/ミートケ・モデル。学生時代にお世話になった楽器の1つで、わたくしはこの楽器のリュートストップの音色が大のお気に入り。≪第1番≫の「メヌエット」でその音色に再会できたのはこの日の収穫の1つ。心に残る演奏会となりました。

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2012年 1月14日(土) 三鷹市芸術文化センター
ゴットフリート・フォン・デア・ゴルツ指揮
フライブルクバロック・オーケストラ
バッハ≪管弦楽組曲≫全曲 BWV1066〜1069
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写真:フライブルクバロック・オーケストラ