ライプツィヒ・バッハ音楽祭2011 (7)「”オール4番打者”による《ミサ曲ロ短調》」



 野球が好きで、学生時代は神宮にも良く足を運びました。プロ野球に関してはもちろん、巨人ファン。この「もちろん」というのは、当家が一族郎党みな東京土着民だから。広島土着民の方が「もちろんカープファン!」とおっしゃるのと事態は同じです(カープファンでない方ももちろんおられるでしょうが)。
 まぁだからといって、読売巨人軍の選手の構成や監督の采配に不満がないわけではなく、とりわけ一昔前に行われた「オール4番打者」編成などは、具合の悪いことだなあ、と思っていた口です。自チームの戦力を強化すると同時に、他チームの主戦力を削ぐという戦略は、江戸は江戸でも武家の思考法ですね。私ら代々の町民には心情的に受け入れがたい、醜いやり口です。
 それで優勝できればまだしも、そこまでしてもろくすっぽ勝てない。まぁそこそこ勝ちます。ホームラン数などは12球団一だったり(東京ドームが影響しているとの声も)。でも、優勝という目標に到達しない。打線の有機的連関が失われている、というのが理由のようです。そういうことは音楽の現場でもまま起こること。ライプツィヒ・バッハ音楽祭2011の千秋楽《ミサ曲ロ短調》の演奏も同様の事態となりました。
 バッハ音楽祭の最終公演は《ミサ曲ロ短調》と相場が決まっています。今年はルネ・ヤコプス指揮、バルタザール=ノイマン合唱団&ベルリン古楽アカデミーが演奏を担当。ソリスト陣は、アンナ・プロハスカ、マリ=クロード・シャピュイ(以上ソプラノ)、アンドレアス・ショル(アルト)、マグヌス・スタヴェランド(テノール)、ヨハンネス・ヴァイサー(バス)です。19日、トーマス教会は満場のお客さま。聴衆は期待に胸を膨らませます。
 それはもちろん、この「オール4番打者」とも言える出演者によるところも大きいでしょう。自身歌い手出身で、古楽の指揮に通暁したヤコプス、合唱団として世界でも有数の技術を誇るバルタザール=ノイマン合唱団、企画力と演奏力が見事に合致した希有な楽団・ベルリン古楽アカデミー、有望な若手から定評ある中堅までで構成されたソリスト陣。これだけの条件が揃って名演を期待しない方がおかしいというものです。
 演奏はすばらしいものでした。合唱の精度(音程と音色とアーティキュレーションの精度)は極めて高く、その上ヤコプスがテノールを厚めに響かせたので立体感も抜群。そんな立体感が実現するのもオーケストラが望ましいバランスでコラ・パルテをしているから。コラ・パルテとは、器楽の各パートが声楽と重複した旋律を演奏し歌を下支えすること。ソリスト陣も合唱に負けずに健闘しました。それらをまとめあげ、トーマス教会の難しい音響条件をクリアし、平土間にもしっかりと歌を届けた指揮者の手腕にも脱帽で、さすがと言わざるを得ません。
 だから1楽章1楽章の出来は大変高水準で、「キリエ・エレイソン II Kyrie eleison II」や「そして復活し Et resurrexit」で合唱が水際立った活躍をすれば、「主なる神よ Donmine Deus」や「ほむべきかな Benedictus」でソリストとオーケストラの共同作業が豊かな実を結ぶといった具合。
 それでもなお、終演後なにか物足りない気持ちになったのはなぜか、と考えてみたところ思い当たる節があります。それは昨年の《ロ短調》との比較から見えて来ました。今年の《ロ短調》は全体の設計図が描けていないのです。昨年の《ロ短調》の担当はガーディナーモンテヴェルディ合唱団&イングリッシュ・バロック・ソロイスツでした。ガーディナーは、「キリエ」でも「グロリア」でも典礼文のまとまりごとに楽章をアタッカで繋いでいきます。バッハは「クレド」の各楽章を2・1・3・1・2のまとまりで配置しましたが、ガーディナーはそのまとまり通りにアタッカで楽章を連結し、典礼文のまとまりとバッハの「シンメトリー構成」の意図とをしっかりと聴衆に印象づけることに成功しました。ヤコプスもクレドで、復活の喜びに重点を置くべく、消え入るような「十字架につけられ Crucifixus」から迫力あふれる「そして復活し Et resurrexit」へとアタッカで大転換をはかりました。これはそうとう効果的でしたが、全体の構造理解への寄与は薄いと言わざるを得ません。

 一時が万事この調子で、1楽章で表現したい事柄については成果が上げられても(そこでソロ・ホームランが打てても)、全体として《ミサ曲ロ短調》だ、と納得させるだけの有機的連関を表現できていない(打線が繋がっていかない)のです。《ミサ曲ロ短調》は、最近の研究では通作ミサ曲と考えられていますし、《ミサ曲ロ短調》として演奏会を開く以上、そのことは前提であるはずです。とすれば「通作性」を示すには若干厄介なこの《ロ短調》においても、しっかりとその有機的連関を示してこそ「優れた演奏」と言うに値するのではないでしょうか。それが難儀な仕事であることは重々承知なのですが、それが出来る音楽家は確かに存在するわけで、それをヤコプス以下のメンバーにも期待していました。その意味で少し肩すかしを食ったような《ロ短調》だったわけです。
 これはもう、そうとう高レヴェルな比較を行っていますから、ヤコプスらの演奏がひどかったわけでは全くありません。むしろ、積極的にすばらしかったと言いたいのですが、ただ、少し喰い足りないところがある。しかも、昨年のガーディナーはその点をクリアしていたとなると、以上の評価も不当とは言えないのではないかと思います。
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 とは言え、終わってみれば平均点が大変に高いバッハ音楽祭だったと言うのが正直な感想です。アヴェレージだけならここ9年で最高。とりわけ、十二日のイル・ジャルディーノ・アルモニコ、十八日のヴェニスバロック・オーケストラはすばらしかった。
 来年はバッハ・コレギウム・ジャパン(《マタイ受難曲》)、イングリッシュ・コンサート(《ミサ曲ロ短調》)などの出演が決まっています。2012年も盛り上がりそう。秋のプログラム発表が待ち遠しい!


写真:(上)ライプツィヒ・トーマス教会のバッハ・オルガン/(下)ルネ・ヤコプスほか(2011年6月19日, ライプツィヒ・トーマス教会)