ハレ・ヘンデル音楽祭(2)「インヴェルニッツィ、ソロ・カンタータの世界」

 


 ハレ・ヘンデル音楽祭は声楽に力を入れています。ヘンデルはオペラやオラトリオといった大規模声楽曲をたくさん残していますから、そういう華々しい楽曲がプログラムに多く並ぶのは当然。しかしこの音楽祭、派手な演目で事足れりとするほど手抜きではないのです。
 5日午前、マルティン・ルター大学で行われた演奏会はまさに、そういった姿勢が強くにじみ出たプログラムです。「稀代のヘンデル歌い」ロベルタ・インヴェルニッツィと、「古楽界の不思議アンサンブル*」カフェ・ツィンマーマンが、ヘンデルのソロ・カンタータで共演。たったひとりの声と最小限のアンサンブルが、濃密な愛憎の世界を描きます。ヘンデル音楽祭を名乗るならば、このソロ・カンタータの分野をなおざりにするわけにはいきません。
 この日のプログラム、前半は《トリオソナタ ヘ長調》作品2-4 HWV389全曲、カンタータ《見捨てられたアルミーダ》HWV105、《トリオソナタ 変ロ長調》作品2-3 HWV388全曲、後半は《トリオソナタ ト短調》HWV393 の第1, 2楽章、カンタータ《死に瀕するアグリッピーナ》、HWV393の第3, 4楽章という構成(事前発表のプログラムに変更あり)
 前半のトリオソナタ2曲とカンタータ《アルミーダ》との間に強い関連性はないようです。演奏が終わるたびに立礼をし、インヴェルニッツィもカンタータの時だけ登場。魔法の力で恋人リナルドを取り戻そうとするが叶わず、出帆の直前まで彼に取りすがり、見捨てないでと請いながらもついには捨てられ、最後は愛の神に救いを求める、という内容の《アルミーダ》。一方、作品2の中でもとりわけ牧歌的なHWV389と388。まぁ気分替えのカップリングですね。
 後半は打って変わり、インヴェルニッツィも最初から登場。ト短調のトリオソナタで陰鬱な雰囲気を作り、その第2楽章からアタッカで《アグリッピーナ》のレチタティーヴォ「ほんとうかしら」へ。息子である皇帝ネロに疎まれ、彼との政争の後、皇帝暗殺の嫌疑で処刑されるアグリッピーナ。そんな内容にト短調ソナタの曲想は相応しく感じます。とりわけ第1楽章冒頭のモティーフは、アグリッピーナが刑場へとひかれて行く様子を表しているかのようです。
 そんな雰囲気作りの効果もあって、前半、いまいち調子のでなかったインヴェルニッツィも出色の出来。なにせ、ソプラノが通奏低音を引っ張っていくようなレティタティーヴォ!通奏低音が劣っているのではくて、このソプラノの迫力が強力なコンティヌオ部隊(Vc. Theorb. Cemb.)を凌駕しているのです。
 この人の魅力は、表現の幅が「下品」な方向に広いことですね。もちろん、美しい声と多彩な音色を武器とした上品な歌い手さんです。そんな歌い手さんが「七色の下品さ」を持っていたらどうでしょうか。その表現力はそうとう高いと言わざるを得ないし、それこそ「バロック歌い」に最も求められていることに相違ないはず。
 日曜日の午前中、200人ほどのホールで行うソロ・カンタータの演奏会。そこにこのレヴェルの歌手と達者なアンサンブルを用意して臨む。ハレ・ヘンデル音楽祭の「心意気」がもっとも現れた公演と言っても良いかも知れません。

*「古楽界の不思議アンサンブル」とはつまりこういうこと。「1998年パリで、イタリア人ヴァイオリニストとフランス人チェンバリストが、ドイツ・バロックの大家バッハを専ら演奏するために、18世紀当時バッハが活動拠点のひとつとしていたカフェの名前をアンサンブル名として活動を始めた」。完全にラテン系ヲタクの所行です。ドイツ人ならまず間違いなく「コレギウム・ムジクム+地名」としたところ。そうしなかったところが何とも良い!ヴァイオリンの音がやたらでかい!


写真:ロベルタ・インヴェルニッツィ(2011年6月5日, マルティン・ルター大学)