ブリュッヘン、ベートーヴェンを語る


<記者会見1>(リハーサルの様子はこちら)

 16:30からは、打って変わって記者会見。ブリュッヘンに「孤高のリコーダー吹き」のイメージを持っておられる向きも多かろうと思います。しかし実際は、話好きの気のいいおじいさまです。この日も暴走気味におしゃべりを続け、あっという間に時間が過ぎていきました。

 はじめに、このたびの「ベートーヴェン・プロジェクト」について、ブリュッヘンの口から説明がありました。2年前、ハイドン・プロジェクトが進行しているさなかに「次はベートーヴェン」と自ら楽団員に提案したことなどが語られましたが、とりわけ重要なのは次のことがらです。

 「ベートーヴェン1800年から24年にかけて9曲の交響曲を書きました。これらの交響曲は一進一退を繰り返しながら第9番へと繋がっていきます。つまり、第1番はハイドンの音楽の継承と発展、第2番では足踏み、第3番はそこからの大きな飛躍、第4番で後戻りして、第5番でふたたび大きく前進、第6番でまた少し後退し、第7番で前進、第8番で後戻りしたあと、第9番で交響曲の極限にまで到達します。」

 ブリュッヘンは、ベートーヴェンの9つの交響曲が1つのライン上にあること、偶数番で足踏みないし後戻りしていることを強調しています(ところどころ凸凹しながら、9番に向けて右肩上がりに上昇するグラフ)。ベートーヴェン交響曲をこのように発展史的/線的なイメージでとらえ、奇数番と偶数番とを対比的にとるのは、19世紀から続く古典的な考え方。今回のプロジェクトの本番が番号通りに進むこと(1番→9番)、リハーサルが番号を逆に辿ること(9番→1番)には、そんなブリュッヘンの思いが反映されています。つまり「第9番が『答え』で1〜8番はその『解法』。到達すべき『答え』を先に見ておけば、『解法』の手順がよりクリアに理解できる」ということで、いかにも合理的な思考法。こういった意見もひとつの見識です(註1)。

 さて、この発言を受けて俄然盛り上がったのが新日本フィル音楽監督のアルミンク。記者の質問に移る前に、みずからブリュッヘンに問いを投げかけます。「2番と4番にはどんな秘密があるでしょうか?」。ブリュッヘン曰く「2番はハイドンの音楽を受け継いだ1番の拡大を図ったもの。4番については分からない」(註2)。アルミンクはまだまだ質問をしたいそぶりでしたが、ここで質問のバトンはフロアへと渡されます。

(つづく)


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(註1)
 しかし、一見合理的に見えても前提が危うい。ベートーヴェン交響曲を線的に連なった代物と考えるのは無理な相談だ。そう考えるには、9曲それぞれが違いすぎている。たとえば、第4番と第5番。この2つは同じスケッチ帳に草稿が残っており、創作時期が重なっている。同時並行で作曲されたわけだ。しかし、アウトプットはあれだけ異なった姿をしている。これを同じジャンルの(線的に連なった)連番交響曲と考えて良いのだろうか。
 結論だけ言うと、異なったジャンル意識によって作られ、たまさかタイトル(交響曲)が同じになった楽曲、と考えた方が良いのだ。9つの交響曲は、線的に連なっているというより、各々別個の方向を向いた曲が面的に広がっていて、それを「交響曲」という名前でくくった集合体、と考える方が実態に即している。


(註2)
 ベートーヴェンの9つの交響曲を、各々別個の方向を向いた曲が面的に広がっていて、それを「交響曲」という名前でくくった集合体と考えると、ブリュッヘンが「分からない」といった第4番の姿も浮かび上がってくる。
 第4番の初演時編成は、ザスラウの研究を加味して推定すると、弦楽器10名強+管打楽器12名で、多くても全体で25名。この弦と管の比率は要注意だ。第4番はクラリネットやホルンなど管楽器が全体に幅を利かせる曲。それをこのバランスで演奏したらどうなるか。そのサウンドはもはや、ほとんど管楽合奏曲(ハルモニームジーク)だ。交響曲と言われて聴いてみたら、実態は管楽合奏曲だった、というのは当時の聴衆にとってなかなか刺激の強いことだったらしい。モーツァルトの後期の交響曲や、ベートーヴェンの初期の交響曲を取り上げた当時の批評の中には、「管楽器が前面に出過ぎていて、これはもはや交響曲ではなく管楽合奏だ」といった声が目立つ。この「耳を裏切る管楽サウンド」こそ、第4番の本領と言ってよいはずだ。

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ベートーヴェン・プロジェクト(交響曲全曲演奏会)
2011年2月8,11,16,19日
ブリュッヘン指揮, 新日本フィルハーモニー交響楽団 ほか
すみだトリフォニーホール, 特設サイト
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写真:ベートーヴェンについて滔々と語るブリュッヘン(1月28日, すみだトリフォニーホール