ライプツィヒ・バッハ音楽祭(3)

政治と音楽は切り離せないものだから…

 ライプツィヒ初夏の風物詩、バッハ音楽祭が開幕しました。恒例になりすぎたのか、あまり浮き足立ったところもなく、日常の延長上に「バッハの宴」がある、といった趣です。2009年は、ライプツィヒゆかりの音楽家メンデルスゾーンのメモリアル・イヤー。バッハ音楽祭のテーマも「バッハ、メンデルスゾーン、そしてレーガー」と、バロックからロマン派までをカヴァーしています。
 数年前からライプツィヒの街は工事ラッシュ。というのも、サッカー・ワールドカップの会場となったり、オリンピックに立候補(ロンドンに敗れる)したから。しかし、目標を失った今、工事のペースが鈍くなり、とっくに終わっているはずの工期がいまだに続いている有様です。当然予算も嵩んできているらしく、その理由を繕うために、世界遺産に名乗りをあげることにした模様。2008年の初冬にはなかったはずの「わたくしたちはライプツィヒ世界遺産に推薦します」という著名人ポスターが張られいています。役人が、工期を短くする努力ではなく、工期が長くなっても責任を問われないようにする努力をするのは、洋の東西を問わない生態のようです(旧東独地域は著しく失業率が高く、ライプツィヒも例外ではない、という理由もあります)。まだまだ工事は続くでしょう。
 さて、政治的思惑が市街にうごめく(?)ライプツィヒですが、その波はバッハ音楽祭のオープニング・コンサートをも飲み込みました。6月11日、18時からトーマス教会でもたれた演奏会、プログラムはメンデルスゾーンのオラトリオ<エリアス>です。これは、生きたまま天に上げられた預言者エリアを描く旧約聖書の物語。ボートシュタイン指揮、ベルリン・エルンスト・ゼンフ合唱団、エルサレム交響楽団による演奏です。
 元ユダヤメンデルスゾーンが、ユダヤキリスト教共通の聖典旧約聖書を題材に作曲したオラトリオを、ユダヤ人とドイツ人がともに演奏するという趣向。二次大戦のまがまがしい記憶を乗り越えるための政治的セレモニー、和解の演出です。バッハの音楽がヴァグナーとともにナチに利用されたことや、ライプツィヒ東西ドイツ統一の中心地―-和解の場--であるといったえにしも重層的に織り込まれています。
 このように、音楽を政治に利用することは、それが民主的な政治に寄与するとしても、本来的にはナチがしたことと少しも違いません。ナチがしたのと同じ仕方でナチの罪業を払拭しようとするのは少し倒錯しているようにも感じますが、批判したい点はそこではありません。音楽が―というよりすべての物事が--なんらかの目的遂行に利用されるのは当たり前のことで、それを阻止する手立てはないでしょう。その点を割り切った上で、このたびの政治利用は首尾よく達成されたのか、ということに注目してみます。ごく簡単に言えば、下手な演奏よりも上手な演奏のほうが政治宣伝もうまくいくはずです。この点からすると、当夜の政治宣伝はまったくもって不首尾であったとしかいえません。
 バス歌手ハンノ・ミュラー=ブラッハマンは、あるときは神の言葉を届け、あるときはイスラエルの民の罪を嘆く預言者エリアの敬虔さを、懐深い声で好演しました。その預言者の言葉を受けて、その時々に反応する合唱が、このオラトリオではとても重要な役割を果たします。この合唱に問題が多すぎました。パート内の音程と音色が揃っていないので、対位法楽章での未整理ぶりが際立ちます。管弦楽による合唱の支え(コラ・パルテ)も大味で、とうぜん言葉も聞き取りにくくなります。音楽的な水準が未達成です。
 これでは、期待される宣伝効果も半減ではすまないでしょう。できのよいコマーシャルフィルムは、その商品とともに長く記憶されることを僕らはよく知っています。このたびのオープニング・コンサートとて同様で、音楽がもっと高い水準で披露されれば、ドイツとイスラエルの友好の鍵として長く語り継がれたかもしれません。どうせ政治利用するのなら(われわれを巻き込むのなら)、もっと質のよいものをと思います。 

写真:会場となったライプツィヒ・トーマス教会