ハレ・ヘンデル音楽祭(4)

ヘミオラは魔術なのか

 拍節の魔術師といってよい作曲家が何人かいて、べートーヴェンやブラームスがそれにあたります。ベートーヴェンの<交響曲第3番>やブラームスの<交響曲第2番>はともに3拍子系。「1,2,3」「1,2,3」「1,2,3」と続く拍を、「12,31,23」「12,31,23」と大きな3拍子へと変換する場面がたくさん見られます。突然の拍節の変化に、弾き手も聴き手もびっくりすることが多いですね。
 こんな3拍子系の拍節のギア・チェンジを「ヘミオラ」と呼びます。先の2人以上にヘミオラを自在に操る拍節の魔術師は、ヘンデルです。ベートーヴェンブラームスが、いわば聴き手を惑わすアクセントとしてヘミオラを利用しているのに対して、ヘンデルは和声進行の終止部分にヘミオラを使うことで、ごく自然な段落感を演出しています。
 これはバロック期までの舞曲では当たり前の方法で、バッハらももちろん実践しています。ただしバッハは終止部分のヘミオラが装飾過剰気味。懲りすぎていて、自然に聴こえないことがあります。他方ヘンデルは、ヘミオラの本来の意味、ダンスのステップの収めどころをよく示しているのです。バッハが作曲技法としてのヘミオラに傾いた一方、ヘンデルは身体の動き--ダンスのステップに直結したヘミオラを工夫しました。
 ジョルディ・サヴァールは、そんなヘンデルの身体へのまなざしをしっかりと感じ取り、演奏に活かしきりました。サヴァールヴィオラ・ダ・ガンバ弾きとして有名で、1991年の映画「めぐり逢う朝」の音楽を担当したことでも知られています。6月7日ハレの大聖堂で行われたコンサートは、パーセルヘンデル管弦楽曲を集めたもの。ほとんどが舞曲に由来する作品です。
 パーセルの劇音楽<妖精の女王>から抜粋した舞曲を、各幕ごとに3つの組に再構成。ヘンデルの<水上の音楽>第2,3組曲, HWV349-350の中から再構成した組曲、<合奏協奏曲ト短調>作品6-6, HWV324を経て、<王宮の花火の音楽>HWV351で締める華々しいプログラム。
 サヴァールの指揮は、ヘミオラ部分ではしっかりと大きな3拍子を刻みます。モダン・オケの指揮者の多くは、小さな3拍子の3拍目と次の拍子の2拍目をスフォルツァンド気味に振りますが、それとはわけが違います。後者はヘミオラをあくまで楽譜上の変拍子の一種と捉えているのに対して、サヴァールは身体の動きの収まるところと捉えています。指揮の仕方にそれがよく表れていますし、なにより音楽がそのように鳴り響いています。聴衆は腰掛けて神妙に聴いているわけですが、ダンスの段落感を追体験することができます。
 身体に寄ったヘミオラが実現されるだけで、ダンス・ミュージックがダンスミュージックとして体験できるのだから不思議です。ヘミオラは魔術のなのかもしれません。いや、ヘンデルが、そしてサヴァールが魔術師なのに違いありません。

写真:ジョルディ・サヴァール 演奏会に先立ちサヴァアールに、ハレ市よりヘンデル・メダルが贈られた