ハレ・ヘンデル音楽祭(3)


アリオダンテ>は忠臣蔵

 ヘンデルがオペラ<アリオダンテ>HWV33を初演したのは1735年。レチタティーヴォ・セッコ通奏低音のみの叙唱)とアリアが交代で現れ、アリアを歌ったら歌手は退場、といったバロックオペラの慣習をどうにか打ち破り、新機軸を打ち出そうとした意欲作です。ヘンデルは合唱やバレエ、レチタティーヴォ・アッコンパニャート(オーケストラ伴奏付き叙唱)、退場の必要がないアリオーソ(アリアの簡素版)などを豊富に取り込み、飽きさせない音楽作りに取り組んでいます。
 6月5日にハレ・オペラ座で行われた公演は2007年に製作された舞台で、進行もこなれています。スコットランドの騎士アリオダンテは、王の娘ジネヴラと婚約、王位を譲り受けることが決まっています。ところがジネヴラに横恋慕するポリネッソの悪巧みにより死の淵をさまよいますが、最後にはポリネッソの悪事が露見して、アリオダンテとジネヴラはめでたく結ばれます。
 アリオダンテの弟ルルカニオが悪漢ポリネッソを決闘で倒すあたり、あだ討ちものの香りもするのですが、そこが忠臣蔵というわけではないのです。じつは、タイトル役を演じたメゾ・ソプラノ、ニディア・パラチョスの顔の造形が「西村晃」そっくりだったのです。しかも騎士役なので真っ白な衣装。まるで本所松坂町の屋敷に閉じこもる吉良上野介そのものです。そんなことばかりが気になるほど、この日のパラチョスは調子がよいとはいえず、コロラトゥーラもヴィブラートでごまかし気味。
 そんな主役を補って余りある歌を聞かせたのが、ダリンダ役のアグネテ・ムンクラスムッセン。21世紀になってから活躍し始めた若いソプラノですが、フィリップ・グラスの<オルフェオ>でエウリディーチェ、モーツァルトの<魔笛>で夜の女王を歌ったりと、技巧の点では申し分ありません。その上、感情表現と声質とを見事に一致させる稀有な才能のおかげで、表現の幅もベテランをしのぐ広さを誇ります。
 この歌手に出会えたことが、最大の収穫だったといってよいでしょう。主役の不首尾のかたきを、脇役の若手がとる。これぞまさに忠臣蔵でしょうか?!

写真:聴衆の喝采に応えるアグネテ・ムンクラスムッセン