ハレ・ヘンデル音楽祭(2)


メサイア>は歌舞伎だ!

 ヘンデルは多彩な創作に励んだ音楽家で、大規模な声楽曲からソロ楽器のためのソナタまで、聴くによし演奏するによしの曲をたくさん書いています。ですから、代表作を挙げるとなるととても難しいのですが、そのひとつが<メサイア>HWV56であることは異論のないところだと思います。
 昨夜は大音楽家の名前を冠した新しいホール、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル・ホールで<メサイア>の公演を聴きました。演奏は、リチャード・エッガー指揮、エンシェント室内合唱団・管弦楽団です。合唱、とりわけ男声パートと、歌い手顔負けの「息遣い」をみせたオーケストラの活躍が光る<メサイア>。劇的な表現に力点を置いたエッガーの手綱さばきも、ぴたりとツボに。歌舞伎の見栄に接したときの、くすぐったさとカタルシスとが混ざったあの感触がいたるところで感じられます。バロック音楽の特徴の1つは、人間一般の感情を様式化して表現すること。そんな18世紀の「スタイルの力」を存分に生かした演奏だからこそ、ロマン主義に陥らずに劇的な表現が可能というわけですね。
 一方で、型があるからこその「型破り」も楽しいもので、それは即興演奏に現れていました。チェンバロをエッガー自身が担当したのですが、彼の右手の「遊び」や「しゃれっ気」は、オルガンやテオルボなどの通奏低音陣はもちろん、独唱歌手陣もおおいに触発。カデンツ(曲の終止直前にソリストが技巧を見せ付けるところ)は18世紀さながらの華々しさです。
 バッハの宗教声楽曲がクリスチャンの信仰をより強めるとすれば、ヘンデルの宗教声楽曲はノン・クリスチャンをクリスチャンにする力があるような気がしてきます。作曲家の代表作であることと当夜の演奏家の名演からすれば、大きなヘンデル・ホールが満席だったのも、当然といえるでしょう。

写真:指揮のリチャード・エッガーと独唱陣