<ゴルトベルク変奏曲>をめぐる「第1変奏」


 ライプツィヒ・バッハ音楽祭でシュタイアーが<ゴルトベルク変奏曲>を演奏するのを記念して、この曲に関するコラム(全2回)をお送りします。今回はその第1回。

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 鍵盤楽器奏者の実力を知りたいと思ったら、迷わず<ゴルトベルク変奏曲>を聴くのがよいでしょう。あらゆる様式とあらゆる技術、シンメトリカルな構造と幾重にも織り込まれた数学的象徴。この音楽の内的秩序は多様な解釈をゆるす一方、演奏技術の点ではかなりの熟練を一義的に要求します。演奏者の「頭」と「腕」をはかるのにこれほど適した楽曲はありません。
 だから、この曲に関して何かを書こうとすると、3変奏ずつ分節できる秩序だった構造とか、手の交差や装飾音の問題、そして、ほとんど根拠がないような解釈論などにどうしてもかかずらわることになります。ここではそういった話題、つまり「作品の内的秩序」から離れて、この変奏曲と社会との接点をあぶり出してみましょう。
 バッハは1741年に<ゴルトベルク変奏曲>を第4の『クラヴィーア練習曲集』として出版しました。バッハが生前に出版した楽譜はわずかしかありません。4つの『クラヴィーア練習曲集』、カンタータ<神はいにしえより私の王>BWV71、『シュープラー・コラール集』BWV645〜650、<音楽の捧げもの>BWV1079、<カノン風変奏曲>BWV769、そして<シュメッリ歌曲集>に収められたいくつかの歌曲。<フーガの技法>はバッハの死の時点では未出版でした。
 カンタータや<カノン風変奏曲>は特別な機会のための出版であり、現在私たちが了解する印刷出版、すなわち不特定多数の人々の手に渡るようにする、という意味合いが薄いものです。不特定多数の人々に、という目的にもっとも適っているのは4つの『クラヴィーア練習曲集』でしょう。それぞれのタイトルに現れる「愛好家のために」という言葉はまさに、不特定の音楽ファンを指しています。
 さて問題は、この「愛好家」が実際に「不特定多数」と言えるのか、ということです。その点を詳らかにするために注目したいのは『クラヴィーア練習曲集』の「価格」。1731年刊行の『クラヴィーア練習曲集』第1部は2タレル、1739年刊行の第3部は3タレルという記録が残っています。規模の点から言って第4部<ゴルトベルク変奏曲>は3タレルをくだらなかったと見てよいでしょう。では、この3タレルという価格は現在の価値に直すといかほどなのでしょうか。

(つづく)


写真:バッハとクラヴィコード(「バッハの素顔」展)