ジスモンチ・ソロ・コンサート


 蒸し暑い七夕の夜、東京湾も間近の浜離宮朝日ホールへ。エグベルト・ジスモンチのソロ・コンサートです。2008年日本最終公演のこの日も、追加公演・大阪公演同様、ギターとピアノによる「自作自演」演奏会。オーケストラという「重し」が取れたジスモンチの「自由な飛翔」が聴き所といったところでしょうか。

 アリオン音楽財団ジスモンチ番・xxborgesxxさん提供の情報によると、ホールが「遠鳴り」して(音が客席方面によく届いて)いたらしく、ステージ上の自分自身に低音がよく聞こえない状況にジスモンチはいらだっていたとのこと。音響に関して定評のある浜離宮朝日ホール、客席にはよく音が届きますが、ステージ上の奏者にとっては演奏しにくい場合があるようです。

 しかし、公演ではそんなそぶりも見せず、充実した2時間を実現してくれました。前半にギター・ソロを6曲、後半にピアノ・ソロを6曲、アンコールにピアノ・ソロを2曲という内容。ジスモンチの随意に楽曲が選択されていたため、現状では曲目が確認できません(7月9日に確認。追記をご覧下さい)。そこでコンサートの時系列に沿って、わたくしが気が付いたことを挙げてみます。

(第1曲)保続低音上でのゼクエンツ[同じ音型を違った高さで繰り返すこと]が目立つ
(第2曲)和音の対比と奏法の対比とを一致させる書法[和音Aハーモニクス:和音B実音]
(第7曲)低音主題による変奏曲[即興的装飾]→バッハ<ゴルトベルク変奏曲>[<7Aneis>か]
(第9曲)分散和音で和声の変化を追う→バッハ<平均律1巻1番プレリュード>
(第10曲)複合拍子、ヘミオラ(変拍子。例:6/8拍子2小節を3/4拍子1小節として数える)
(第14曲)全音音階(階名で言うと、ドレミファ#ソ#シb)

 「保続低音上でのゼクエンツ」や「低音主題による変奏曲」、「即興的装飾変奏」などからは、ジスモンチがバッハに代表される西洋バロック期の書法を積極的に用いていることが分かります(それが意識的かどうかは分かりませんが)。
 また、ジスモンチのギターの演奏とピアノの演奏とを比較してみると、彼が、ギターは「おもしろい音の出る楽器」、ピアノは「美しい音の出る楽器」と考えているのではないかと思わされます。というのも、ギターでは各種の奏法を駆使し徹底して音色の多様性を追求する一方、ピアノでは音色変化の追求より「美音の追求」が優先されているように感じるから。たしかにジスモンチのピアノの音色はさまざまな色合いを見せます。しかし、一部のピアニストが実現する「弦楽四重奏のような響き」や「木管五重奏のような音色」は聴こえてきません。徹頭徹尾、ピアノの音色です。あくまでピアノの音、しかも美音の範囲で音色作りをしている、そんな気がします。
 オーケストラ・コンサートとソロ・コンサートとを比較すると、ジスモンチの作曲が自らの演奏と分ちがたく結びついていることが分かります。自分の演奏上のクセに楽曲が完全に依拠しているわけです。そうするとどうなるか。ソロ曲を自演する場合には充実した演奏を披露しえても、(とりわけ大勢での)アンサンブル用編曲の場合、説得力ある演奏にはなかなかなりません。なぜなら、ジスモンチのクセに依拠する楽曲では、他人(他編成)の演奏技術や演奏習慣はほぼ無視されているから。いわば諸刃の剣ですね。くだんの問題は、ソロ公演である当夜の演奏会では良い方に作用したと言えましょう。

 こうしてわたくしの「ジスモンチ初体験」は幕を閉じました。オーケストラとの共演とソロ公演の両方に足を運び、聴き比べが出来たことは幸運。圧倒的な演奏技術と多くの素材を巧みに組み合わせる作曲法、その両者が分ちがたく結びついて、熱狂的なライブを実現しました。作曲家と演奏家とが一致していた時代、聴衆はそんな音楽家(バッハ然り、モーツァルト然り、八橋検校然り)に心酔していたに違いありません。その往時の「感触」を味あわせてくれたジスモンチ、次の来日が待ち遠しいアーティストの筆頭に躍り出ました。


写真:ジスモンチ (C)photo by uga


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追記
ジスモンチ・オーケストラ公演(紀尾井ホール)およびソロ公演(浜離宮朝日ホール)のプログラム詳細です。オーケストラ公演では、ギター・ソロの曲目が、ソロ公演ではすべての曲目が不明でしたが、以下の通り判明しました。ご参考までに。

オーケストラ公演(7月3日・紀尾井ホール)
<Strawa no Sertão>(Orch.) <7 Anéis>(Pf.+Orch.) <A Fala da Paixão>(Pf.+Orch.) <Memória e Fado>(Pf.+Orch.) <Forrobodó>(Pf.+Orch.) <Selva amazônica>(Guit.) <Ciranda Nordestina>(Guit.) <One movement of Sertões Veredas Suite>(Orch.) <Lundú>(Guit.+Orch.) <Dança dos Escravos>(Guit.+Orch.) <Frevo>(Pf.+Orch.) <Meninos>(Pf.+Orch.)

ソロ公演(7月7日・浜離宮朝日ホール)
(Guitar solo) <Mestiço and Caboclo> <Selva Amazônica> <Ciranda Nordestina> <Lundú> <Dança dos Escravos> <Salvador>
(Piano solo) <7 Anéis> <Fala da Paixão> <Forrobodó> <Palhaço> <Frevo> <Realejo> <Infãncia> <Aqua & Vinho>