ライプツィヒ・バッハ音楽祭 (11)

6月19日、暴走列車、それはそれでよい


 いよいよ登場、日本でも人気のロジャー・ノリントンです。プログラムは、西洋音楽史の教科書のような構成。ブレーメン・ドイツ室内管弦楽団の演奏で交響曲の様式史をたどります。第1曲は、バッハの<ブランデンブルク協奏曲第1番へ長調>BWV1046。この曲については「ノリントン、お前もか」と叫びたい出来。というのも、例によってトーマス教会の音響に飲まれてしまったからです。
 トーマス教会の楽隊席はファサード(西正面)側、大オルガンの前に広がる2階バルコニー。このバルコニーは懐が深いので、平土間から見上げるとオーケストラはほとんどすっぽりと隠れ、もっとも手前にいる指揮者の姿が見えるだけです。
 ノリントンはこのバルコニーの最奥、すなわち指揮をする自分の真正面に通奏低音を配置して<ブランデンブルク>にのぞみました。そうするとどうなるか。通奏低音だけが遅れて平土間に届きます。つねにアンサンブルがずれているわけです。タイミングよく、気持ちのよいバランスで聴こえるのはノリントンだけ。聴衆は、通奏低音と上声部との「微妙なずれ」に曲の最初から最後まで身をよじる思いをしました(その不快さを想像してみて下さい)。リハーサル時、平土間で音響チェックをしなかったか、チェックはしたけれど対策をしなかったのでしょう。もはや、曲の良し悪し以前の問題です。いつも疑問に思うのですが、トーマス教会の音響が難しいことを主催者は指摘してあげないのでしょうか?
 気を取り直しての第2曲以降は、低音パートがバルコニー手前側に移動したため、平土間でも望ましいバランスになり、ズレも解消されました。ここからノリントンの本領発揮です。C・P・E・バッハの<交響曲ロ短調>Wq182/5 は急緩急の3楽章をアタッカで(続けて)演奏するスタイル。シャープ2つの調なので弦楽器がよく響きます。疾風怒濤の楽曲スタイルはノリントンの芸風と相まって、演奏効果抜群。
 J・C・バッハの<交響曲ト短調>作品6-6を経て、モーツァルトの<交響曲(第39番)変ホ長調>KV543にいたる頃にはノリントンの「方向の正しい暴走」は極まりました。シャープ2つのロ短調(ニ長調)で弦楽器がよく鳴る一方、フラット3つの変ホ長調ではクラリネットを初めとした管楽器がよく響きます。つまるところ、モーツァルトが目指したのは「管楽合奏曲」と聴き紛うような交響曲。第1楽章第1主題の確保からしてホルンとクラリネットが大手を振っています。緩徐楽章・舞曲楽章での管楽器の活躍は言うまでもありません。
 その方向をノリントンはしっかりと踏まえ、その上で「暴走」するわけです。とりわけ第3楽章のメヌエットにそれがよく表れています。中間部トリオのクラリネット、上吹きの主旋律もさることながら、下吹きの分散和音の「野蛮」なこと!こういう指揮者の解釈に、本当に「野蛮」に答えるオーケストラの真面目さと言うか、不真面目さと言うか、そんな両義的な態度がまた心地よいものです。
 なるほど「暴走列車」でもその方向が望ましい先ならば、多少の交通違反などは不問というわけです。当夜「暴走列車」に乗り合わせた乗客たちは大喜び。実際の危険運転と違い、もちろん怪我1つなく帰路につきました。


写真:ロジャー・ノリントン(トーマス教会)