バッハ新発見の基礎知識 (3)


 新たに発見されたバッハの真作、コラール・ファンタジー(オルガン曲) <主なる神、我らの側(かたえ)にいまさずして Wo Gott der Herr nicht bei uns haelt> BWV1128 。「ニュースが分かる基礎知識」コーナー第3回目です。「新発見ニュース」は2008-04-16を、「基礎知識 」第1〜2回は2008-04-17, 04-18 をご覧下さい。

...........................................................
[5] 北ドイツ・オルガン楽派とは?
コラール・ファンタジーは、ルター派の簡素な讃美歌・コラールの旋律に基づくオルガン曲。本来のコラール旋律(定旋律)を多彩な手法で装飾・変形し、作曲と演奏の名人芸を競う職人的なジャンルと言える。17世紀後半にオルガン用コラール編曲をさかんに生み出したのが北ドイツの作曲家(オルガン演奏家)たち。ハンブルクのヨハン・アダム・ラインケン(1643-1722)やリューネブルクのゲオルク・ベーム(1661-1733)、リューベックのディートリヒ・ブクステフーデ(1637頃-1707)らが活躍し、バッハもオルガンに関する多くの事柄を、彼らから直接・間接に学んだ。オルガン黄金時代を築いたこれらの名人たちを指して「北ドイツ・オルガン楽派」と呼ぶことがある。
...........................................................
[6] 本当にバッハの真作なの?
今回発見された<主なる神、我らの側(かたえ)にいまさずして>を、バッハの真作だと見なす根拠はどこにあるのだろうか。冷静に考えれば、 バッハ作と表書きされた19世紀後半の筆写譜が出てきたに過ぎない。バッハ研究の「常識」からするとこの筆写譜の信頼度は著しく低いはず。バッハの真作説を担保するのは、
(1)写譜者が旧『バッハ全集』の編纂者を務めたルストだったから信頼がおける
(2)様式が1705〜1710年頃のバッハ(と同時代)のオルガン作品と類似している、
という2点だろう。バッハ・アルヒーフ・ライプツィヒのペーター・ヴォルニー研究員がどんな基準で鑑定したか、論文が発表されるまで分からない。しかし、真作とするには合理的な疑いが残ることは確かだ。「信頼のおける写譜者」がバッハの真作を未発表のまま「隠して」おいたりするだろうか。ルストは自分の祖父の作品を出版するにあたって、大幅に手を加え、祖父をベートーヴェンの先駆者に仕立て上げようとした「捏造の前科」がある。「実はルストの作品で、勝手にバッハ作と表書きをした」ということになるのではないかとハラハラしている。
...........................................................
おわり

写真:<主なる神、我らの側にいまさずして> BWV1128 ヴィルヘルム・ルストによる筆写譜 冒頭部分 (C) Universitaets- und Landesbibliothek Halle